国力と武力

 国力とは武力のことであろうか。決してそんなことではないだろうが、武力は国力を代表する指数とも言える。ただ武力を行使するには、人が必要になり、費用が発生する。

だから国力とは武力、経済力そして人口の総合計だろう。もちろん本当の戦闘になったら、軍隊のやる気や訓練も必要だし、民主国家では国民の賛同も大きな問題である。

ロシアは武力を持っているが、後は何の取柄もない国だ。日本は同盟をもう結ばないだろうし、中国とは仲が悪い。それに産業と言えば石油などの資源だけである。

ロシア人は寒く過酷な自然環境に慣れているので、攻め入るのは難しい。しかし相手国に攻め入ることもできないだろう。兵站が続かないだろうし、もし戦争が終結しなければ経済は完全に破綻する。

イランも同様だろう。今は原油価格も低迷しているので、それを売っても大きな利益にはならない。戦争をする気があっても持続させることは不可能だ。だから戦争が長引くと国が亡びる。

そういう意味ではアメリカの国力はずば抜けている。地方分権的な国だから、攻撃しようにもニューヨークやワシントンをだけでは決定的なダメージを与えることができない。

だがやはり武力は国の内外で大きな威力を持つ。それは命に関係しているからだ。政治家が軍部の信頼を得ることができなければ、政治を遂行することができない。

中国や北朝鮮のトップの政治家が怖れるのはこの点だ。もし軍部が離反すれば習近平や金正恩はすぐに退陣せざるを得ない。独裁国家の弱みはそこにある。軍部におもねなければ政権は維持できない。

 民主国家と違って力だけで政治を担っている政治家は明日の命の保証がないのが実情だ。国家の財政の多くは軍人を引き付けるために使わなければならない。金がなくなると軍部は離反する。だから経済力も必要なのだ。

人は間違いを犯す。その間違いを発見して修正できれば大きなトラブルに至らないが、そうでなければ間違いは深く国家を傷み付けるだろう。

その間違いを修正する機構が民主主義で、独裁国家はそれがない。習も金も多くの間違いを犯した。だから国家は倒壊に向かって突き進んでいる。

多くの国が原子爆弾を持った。それは一瞬で一つの都市を破壊する。それを各国が怖れている。原子爆弾を用いての戦争は大国同士ではあり得ない。大国と小国では小国は反撃を受けた時、自国が消滅するのを知っている。

だから北朝鮮は戦争を仕掛ける能力がない。示威行為だけに集中する作戦はすでに見破られ、分析されている。

このように熱い戦争には大きな犠牲と費用が発生する。それをアメリカも回避したい。日ロ戦争の戦費を賄ったのは相続税の創設でそれはいまだに国民の利益を大きく損ねている。

無知な国民以外大きな戦争は国力を大きく削ぐのを知っている。日本はだから戦争をしない。だが他国は日本がいざとなれば無謀であることを知って、それを怖れている。

アメリカとまともに戦争をしたのは日本だけだ。その事実がアメリカも他国も恐怖に落とすのだ。憲法改正を中国や韓国、北朝鮮など反日国が怖れる理由はそこにある。

日頃はにこにこと笑顔だが、本当に怒らせると怖い。戦後70年以上経っているのにその記憶は薄れない。だが日本の国民だけは日本はもう戦争はやらないと知っている。それは日本国民にだけある阿吽の呼吸である。

本当の国力とは国民の心ではないか。勤勉に働き、喧嘩しないが、ひとたび立つと何をするか分からない精神力が日本にはある。アメリカが日本に飛行機を作るのを阻止する努力をしている理由はこれである。

中国や韓国、北朝鮮を黙らせるには憲法改正が必要である。しかし我々は知っている。日本は戦争をしないと。

酒巻 修平

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