フェイスブック暗号資産 リブラ

 フェイスブックが仮想通貨に似たリブラという独自の考え方に基づいた通貨のようなものを創設するようだ。

 ただこのリブラは今までに発行された仮想通貨とは一味違う。発行額と同額の実在資産である国債などを保有することでドルなどと一定のレートで交換が可能だ。だから仮想通貨と言えるかどうか、論争があるだろう。

 この計画にはVISAやMASTERSなどのカード会社を初め、何十社も参加を決定していることから、単に投資や投機あるいは利便性などの面だけではない、誠実に社会の要望に応えようとしている面があるようにも思える。

 何故このような通貨と同じようなものが必要なのだろうか。国際決済銀行BISやFRBはこれに対して危機感を募らせている。それはそうだ実質巨大金融資産に制御、支配されているという歪な金融システムを崩壊させることにもなるかも知れないからだ。

 FRBやBISは民間企業でその株式の多くの部分を巨大金融資本に握られている。だからドルの発行を制御されているし、日本のメガバンクの全てが巨大金融資本に大きな割合の株式を持たれて銀行の活動の方向付けをされている。

 これらは全て富の偏重を意味し、今や世界の富の70%はこれら巨大金融資本で締められていることを意味する。我々は残りわずかな部分で企業を経営し、生活を営んでいるのだ。

 オバマ前アメリカ大統領もロックフェラーの意に反対できなかったし、その前のブッシュも同様だ。アメリカ大統領をも動かす力を持つと、株式などのインサイダー取引規制は無力でしかない。

 彼らには法律は適用されない。殺人も犯すことができる。殺人者を拘束してもそれを命令したあるいは命令を意図した頂点の人物には行き当たらない。それこそ大きな忖度がそこには存在するのだ。

 もしこれらの巨大金融資本が存在しなければ我々一般の人の経済活動はもっと活発になるだろうし、それこそ老人は年金をたっぷりもらえて豊かな老後生活を楽しむことができるだろう。富の偏在は実体経済を縮小し、一般に人の生活レベルを下げるためにしか意味がない。

 巨大金融資本の所有者は所有する金を生活に利用することができないし、できるわけもない。この場合金は金という無形の物を産むだけの手段でしかない。

 金は物やサービスに交換する場合にのみ意味がある。何兆円の金を持っていてどうして生活に利用できるのか、富の偏在は悪でしかない。

 それを打破する意図がフェイスブックにあるのか。あるいは自分たちが新しい巨大金融資本になりたいだけか。それを見極める必要があるとは思うものの一般人にはそれは困難だ。

 何十年か前、私は会社の資金で寿司屋、天ぷら屋、フレンチレストランと話し合い、そのどこにでも通用する仮想通貨を発行した。一枚たったの10000円だが、仕事を頑張った人がこの仮想通貨を持っていけば10000円分の飲食をできるシステムを作ったのだ。

 これが仮想通貨でそのような小規模での発行を考えると良く分かる。このケースでは飲食店3店舗と会社の4者しか関わっていないので、極めて小規模な仮想通貨だったわけだが、これがリブラの根本思想だ。但しこの場合仮想ではなく、飲食代は前以て支払ってあるので、あるいは支払う約束がしてあるので、仮想ではなく、実体は社券のようなものだ。

 これを拡大したものがリブラと思えば良い。但しやはり国債などの実態資産と連動しているので、やはり巨大金融資本が何かの形で関与してこないか心配ではある。

 紙幣を発行するのはコストが掛かる。このリブロはコンピューターで処理されるので、経費は極めて低い。だがコンピューターを使いこなす能力がないとこの新しい発想の仕組みを利用できないのが欠点だ。

 ATMのように誰にでも使用が可能なシステムの構築が必要だろう。コンピューターを使用する専門家だけにこのシステムの利用が可能であれば新たな困難が発生するだろう。

 元々資本主義は現在の巨大金融資本が提唱して発足させたものだ。その提唱者がいまだにシステムを牛耳っている。この事実を踏まえフェイスブックはその弊害が将来的にも発生しないように見守らなくてはならないのではないか。

酒巻 修平

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