土地神話

 日本は国土が小さい割に大勢の人が住んでいる。すなわち人口密度が大きい国である。これは縄文時代からそうだったらしい。私が縄文土器に興味を持った30ほど前、縄文遺跡の数が38万か所と言われていた。今は50万か所を上回っているだろう。

 当時海辺に近いところでは大体人が住んでいたようで、条件させ整えばどこを掘っても土器の破片くらいは出て来ることからも分かる。

 メキシコなどでは条件を考察して設定、発掘調査をしても昔の遺物などが出て来ることはほとんどない。人口密度が昔から低かったのだろう。

 日本はまた山国でもある。山にも人は住んでいたが、絶対数は少なく、人口は平野部に集中していた。その平野の割合が少なく、人が便利に住める土地は極めて限られていたと言わざるを得ない。

 それに拍車を掛けるのが、中央集権国家であるという政治、経済体制だ。人は主に東京に集まり、そこで経済活動を行う。東京に人口が集中する。大阪、名古屋も人口が多いが、東京では横浜を初め、埼玉、千葉、場合によっては茨木、群馬、を加え、人工の2割近くの以上の人が東京を中心に仕事をして、余暇を過ごす。

 地方から東京へ出て来る人も多い。そうするとホテルを用意しなければならないので、その分、土地が必要になる。だから日本は土地本位制と言っても過言ではなかった。

 ところがその神話が崩れつつある。一つには人口が減少に転じたことも原因だろう。だがそれはまだ微々たるものだ。経済的には大きな打撃になっても核家族化した人たちは土地の上に建つ住居に住むから一戸あたりの人口は減っても戸数は減らない。

 大きな原因は経済の集権化だ。日本の物作りは海外に移転され、本当に緻密な工業的技術を要するものだけが日本に工場を持っている。

 そして世界経済は金が金を産む、金を金で買うというかつては少なかった金儲けの手段に経済が集中してきた。だから情報のある、東京港区、中央区、千代田区に会社や裕福な人たちが事務所や居を構えるようになった。

 それに裕福な人の割合も減少し、少数の富豪に富が偏在していく傾向が見られる。だから港区はビルの建設ラッシュで土地の値段は急な上昇を続けている。

 昨日ある事情があり、伊豆の伊東へ行ってきた。土地の売買に絡む要件で、物件の価格を調査するためだ。3件ほど仲介業者を訪ねたが、担当者は口をそろえて価格は下落が続いているという。

 現象が顕著になったのは3年ほど前かららしく、従来1000万円ほどしていた別荘が半額の500万円ほどになり、それも売買が成立しないケースがほとんどだという。

 「金曜日の妻たちへ」というテレビドラマで有名な東急沿線の「つくし野」や「たまプラーザ」でも15年ほど前の価格から土地値は半分になった。ここはブームが去ったという理由もあるが、一部東京の中心街を除くとどこも土地値は下降傾向にあるのは事実のようだ。

 日本では物や事が充満している。もう特に買いたい物やサービスは全て揃っている。洋服、車、家、家電、ピアノ、ゲーム、もうなんでも持っている。もっと欲しいけれどその欲求はどうしてもというレベルではない。あれば良いかな程度であるから貯金をしてでも買おうという意思はない。

 もう15年以上前になるだろうが、時の政権の大臣であった堺屋太一氏が述べたこと、今日本人が欲しいものは「大きい家」だけだと意見はけだし至言と思う。

 確かに今の家はゆとりがない。できればもう少し大きい家が欲しい。若者の体格が大きくなるに従ってより大きいスペースも要るようになった。これには誰も異存がないだろう。

 何千年も続いた土地神話が崩壊するか、政府は何等かの手を打って大きな家を誰もが持てるように政策を策定するか。だんだん郊外の土地が安くなるに従ってそんな夢が実現するかも知れない。

 しかし全ての人が大きい家を持てばどうなるのか、その後はどうなるのか。未来予測は当たらないからそこには進まないことにする。

酒巻 修平

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