食べ残し放置するバイト先

今日の読売新聞に掲題のような相談が寄せられていた。職場の流しに食べ残しが捨ててあり、そこから異臭がする。純粋な若い女性がそれを片付けたところから相談が始まる。

店長に相談すると「連絡ノートにその旨を書け」と言われて書いたが、店長は陰で「ノートに文句を書いている」と話していて悲しくなった。どうしたら良いかという相談である。

回答者の大学の学長はそれに対して「では連絡ノートに書きますので店長からもきちんと指導して下さい」というべきだったとしている。

加えて管理者としての責任を果たせない人がいるのも確かなのでこの際バイト先を変更しては如何かとのこと。

いつも思うのだが相談者(やらせでなければ)は真剣に悩んでいるのに、回答者は単に綺麗ごとや実行しても仕方のないことばかり回答しているということだ。

回答者は大学の学長だから勉強もできただろうが(仕事ができるかどうかは未知)人の社会の在り方を知らないようだ。少なくても回答者として不適格に思われる。

まず職場を変わっても同じような上司が必ずいるということだ。そうするとそんな上司がいればまた職場が変わるのだろうか。

そんなことはできる訳がない。ここは諦めて自分の主義主張を貫き、残飯の整理を黙々とするか、あるいはそんなことを止めるべきなのだ。

職場を変わるのは愚の骨頂。どこに行っても状況が変わらないのは夏目漱石が草枕だったかの小説で100年以上も前に述べたことだ。

「智に働けば角が立つ。情に竿させば流される。意地を通せば窮屈だ」。そうだ。日本社会はどこに行っても日本でしかない。

転職するならいっそアメリカにでも行けばどうだろうか。だがその職場は馬鹿な店長を除けば案外居心地が良いのかも知れない。

そうであれば店長など無視する作戦に出るか。批判は顧みず自分の良性格を押し通すか。この場合はアルバイト生の方が店長より立派だから店長を無視するに限る。

回答者の組織にもどうしようもない人がいるのではないか。この人が学長でない時には無能、悪性格な上司がいた筈だ。その時にこの人は職場を変わったのだろうか。

どうも日本では地位と能力が一致しない。勝海舟がアメリカから帰って状況を報告しに老中に会見したとき述べた言葉「あちらでは能力のある人が高い地位に付いています」に老中が「無礼者」と勝を叱ったと言う。

日本で比較的高い地位に付くには学歴、職歴、お世辞、縁故、昔は家柄などあまり能力と関係がないことが基本になっているようだ。だから社長、学長、政治家、官僚など高級と言われている職業の人の能力がアメリカと比べて低い。それは日本の悩みだ。

勝を叱った老中も政権運営能力がなかったのだろう。回答者の職場を変える提案は一番の悪手だ。変わった職場の上司がもっと悪ければどうするのだろう。

現職場の店長も何気なくそんな言葉を吐いたのかも知れない。店長には店長の悩みもあるだろう。

純粋な心を持った女性はできるだけ長く純粋な心を保って欲しい。だが社会はそんなことを許さない。だとすればせめて「草枕」を読んだらどうかと忠告すべきか。

米長邦夫の人生相談本に「泥沼流人生相談」というのがある。今でも覚えているのが「悩みを解決する方法をできるだけ沢山書け。その中で自分が実行できると思うものを選び、それを実行する」というのがあった。とても感銘を受けたし至言だと思った。

もし読売新聞の人生案内がやらせでなければもう止めた方が良い。真剣な相談に意味もない回答をしている人。読むと虫唾が走る。

酒巻 修平

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