放送法64条(NHK受信料)

 放送法64条という法律がある。テレビ受信設備があるなら必ず受信契約をしなければならないという法律である。NHKは公共団体であるが、国営ではない。それなのに何故こんな法律が成立しているのだろうか。

 誰と誰が契約を結ぼうがそれは国が関与する問題ではないだろうし、そもそも国は法律とはいかなる概念を持つのかということを知っているのか、あるいは知っていてその概念を踏みにじるのか。

 法律とは国民が生活していく上で正当で適正な考えに基づいて制定されたものだ。すなわち国民の生活が前提にあり、法律はそれを明文化したものである。

 車庫の前後5mの間は駐車違反のエリアでなくても駐車はしてはいけない。何故か。それは車の長さが大体5m弱でそれを基準にこのような規定が存在しているのだ。

 ところが契約をしたくもない契約を強制するというのは国民の正当な義務であろうか。ある本を買いたい。しかい今は手持ちがない。だから売買契約をしないのは当たり前のことで、NHKを見たくないのに契約をすることを義務付けるこの法律は一体如何なる考えから出て来たものだろうか。

 災害の報道はNHKでなくてもどの局かはやるだろう。そうするとそういう意味ではないだろう。NHKを見なければ生活に支障が来すのだろうか。そうでもない。では一体どのような正当な理由があって、契約をしなければならない法律を定めたのだろうか。それを聞いてみたい。

 もし契約をしなければその受信機にはNHKの放送が写らないようにすれば良いのではないのだろうか。見たい人がいれば料金を徴収して写るようにすれば良い。これはどの有線会社もしていることだ。

 私の家は古墳の小高い丘の下にあり、NHKもどの局の放送も写らないか、映りが悪い。それで最近NHKに電話をした。放送が写らないから写るようにして欲しいと。私は受信料を支払っているから当然の権利である。

 すると応対に出た男性はそんなことはできませんと言う。何故かと聞くとそれが規則だと返した。そこでそんな規則がある根拠と理由を述べよと詰め寄った。しかしできませんの一言だけ。態度は非常に悪い。

 そこで君は客に対してそのような態度を取るのかと詰め寄ると、それには応えない。多分応える能力がないのだろう。その男曰く、丘の上に木が生えているからだと逃げをうった。多分木は地形ではないので、NHKの責任は逃れられると教えられているのだろう。

 だが木があっても電波は通じる。結果調査に来ると言うので、収めたが兎に角態度が悪すぎる。これはどうしてだろうか。

政府がどうしてこんな奇妙な法律を作ったが、そこには裏の事情が必ずある筈だ。法律には適正を欠くものも多いが、この法律は突出しておかしい。NHKから国家に電波使用料として過分の支払いがなされているか。あるいは別の何等かのメリットが国家にあるのだ。

 日本では三権分立が成立していない。世論の声が大きくならない限り国家側が敗訴することはない。判事はどうしても国家の意図をそれこそ忖度して原告を敗訴させる。

 放送法64条は憲法違反だとして訴訟をしても敗訴するだろう。相続税は日露戦争の戦費を捻出するために創設された税である。その日露戦争の経済的影響は最近まで続いたがそれももう消滅した。だったら相続税は廃止すべきなのに廃止されない。これなどもおかしい。日本政府には騙しが多い。

 韓国の大法院が強制労働者に日本が保障をしろと言ったことに関して、日本はそれは国家間の約束違反だと主張する。それは極めて正しいと思うが、翻って日本国のことを考えれば他国のことを非難する資格があるのか。国家間の約束はきっちり守るし、適正を期そうと努力する。だが国家と国民の間では嘘、まやかし、ごまかし、不適正な処理のオンパレードだ。

 ガソリンを買うと税金が53.8%掛かる。これは理解できる。しかしその税金に更に消費税が課せられる。どうして税金に対して税金を支払わなければならないのだろうか。

 これを二重課税というが、例えばドイツではガソリン税を差引いた額に消費税を賦課する。そしてこの消費税も不可解だ。会社から会社への売買でも消費税が掛る。消費税は最終消費者が支払うべきであり、言葉も「消費」税である。

 欧米では会社対会社の売買には消費税は賦課されない。当たり前だ。それに生活必需品は消費税の対象外だ。日本政府はスカンジナビア諸国なみに社会保障を充実させるには20%くらいの消費税が必要となると言い訳をするがこれはまた騙しだ。その20%を欧米なみの基準で換算すると40%くらいになる。

 放送法64条は政府の何等かの欺罔によって設定された憲法違反の法律である。その関連条項は憲法第12条辺りに求められる。そんな法律は廃止すべきで、NHKは契約する意思を持っているところだけに放映すれば良いのではないか。

どう考えてもそれが社会の正当な要求だ。それが法律とはなっていない。

 付け加えて話すが、戦後の農地改革は憲法の同条に違反している。何であれ、所有権は固有の権利であり、政府、国家が犯すことができない。それなのに国は所有者からただ同然の価格で無理やり買い取った。

 なお、現行憲法は語句の不適正さもあり、法律の本願から乖離している。第9条がどうのこうの言う前に改正はするという姿勢を持たなければならない。

酒巻 修平

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