ある言葉

 AさんとBさんは小学校時代からの仲良しで、同じ女子高を卒業して同じ会社に入社した。結婚したのも同じころで、互いに家庭内のことを話し合っていた。

 Aさんが結婚した相手は活発な人で、Bさんの相手はどちらかというと控えめだが常識を弁えた人だ。

 そのうちそれぞれの家庭に子供が生まれた。それでも二人は親友同士。子供の話題には事欠かない。やれ風邪を引いたの、転んだのと忙しいのに時間を割いては話しこむこともしばしば。

 もちろん互いの家には行き来する。そのうち二人はそれぞれの夫とも話しをするようになった。Bさんは控えめな夫と生活することに慣れているし、Aさんは活発な夫に引き回され行動範囲も広い。

 だからすれ違うことがあるが、それでも二人は付かず離れず友達だ。ある時Bさんが「私、貴方の旦那さん、苦手だわ」と言った。付き合い難いと言う意味が籠った好きでないという意味をAさんに言ったのだ。

 Aさんはそれを聞いても腹が立たなかった。実際Bさんの旦那さんは活発ではなく物事に慎重で考えてから動くタイプ。それに反してAさんの旦那さんは考える前に行動するので、時々頓馬なことをする。

 だがそんな性格が功を奏したのか、Aさんの旦那さんは事業で成功している。Bさんの旦那さんはサラリーマンだ。収入が違う。Aさんは旦那さんと違って物静かで自慢などするタイプではないが、生活の状況が違うのでBさんは自分の夫の収入とつい比べてしまう。

 それはどこでもよく見かけることだ。だがBさんが言った「あなたの旦那さんは苦手」というのが問題を起こした。旦那さんはおっちょこちょいだが、Bさんを嫌っている訳ではないし、家に来ると歓待もする。

 「苦手」というのは褒め言葉ではない。Aさんはそれを聞いても別段気にしない大らかというか無神経な人である。その言葉を旦那さんに話した。「Bさ、貴方のことが苦手だと言っていたわ」。旦那さん「何故」。自然な質問である。Aさんは「理由は知らないわ」。

 Aさんの旦那さんはおっちょこちょいと言っても支払いする時にクレディットカードではなく、銀行のキャッシュカードで支払うようなどうでも良いようなこと。大切なことには熟考して間違いは犯さない。

 だから会社は利益を上げ、生活は豊かである。旦那さんは考えた。親友と言ってもその人の夫を嫌いだと言うのか。またその悪口をどうして自分に伝えるのか。

 結論は二人とも頭脳や精神構造が良くないとのことだった。今まで気が付かなかた妻の言動を注視するようになった。軽薄なことが多いし、その親友のBさんは僻っぽい。

 僻みは誰でもあるので、それは仕方がない。しかしそれを言葉に表して「貴方の旦那さんが嫌い」だと言うのは知性がなさすぎる。

 Aさんの旦那さんは妻と精神的に距離を置き始めた。もちろんBさんとは当り障りのないことだけを話す。そうして月日が経っていった。

 その間にも「あなたと旦那さん、服のセンスはいまいちね」「背が低いのね」などと話しているのが妻を通じて聞こえてくる。妻とはもう余り会話がない。Bさんが遊びに来ると自室に逃げる。

 彼は仕事上の付き合いで女性とも二人で歩くこともあるし、一緒に食事をすることもある。だがBさんが万一そんなところを見つけたらと思うと気が気ではない。とても注意して必要以上に親密な雰囲気を出すことを避けた。

 ところでやはり仕事の関係である女性と知り合った。美しく、上品で知性的だ。もう40歳も半ばに差し掛かるような年齢だが、独身である。お母さんの病気の看病をしていて婚期を逃したらしい。誰かから聞いた。

 その女性は彼に好意を寄せている。彼もそうだ。だが彼はそれ以上には進まない。不倫をしても楽しい時は一瞬で、その後の修羅場を想像すると恐ろしいし、不倫は人を幸福にはしない。

 だからその女性とは仕事上必要があっても食事を二人だけですることはない。ただこの女性と自分は結婚をしている。知性的な会話、美味しい家庭料理、楽しい団らん。美しい裸体。そんなことをいつも夢想していた。だが夢想だけだ。

しかしこれでも宗教的な観点からすると許されざることだ。法律や道徳などの規範から鑑みると問題がなくても宗教では考えただけで姦淫と見なす。

Aさんの知性の低くさ、Bさんの僻み根性、それを許せないAさんの夫の度量の無さ。どれか一つがないとAさんとその夫の生活は幸せであったろう。それが人生だろう。考えさせられる話しである。

酒巻 修平

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