本を読む

投資で成功する人は多くの本を読むということを書いてある文章がある。ある人など今までに5000冊の本を読んだそうだ。本人が認識しているかどうかに関わらず、これは確かに大きな労苦であるに違いない。

 本は他人の力を借りて種々の考えや情報を取得する手っ取り早い方法である。もちろんそれらの本の著者の考えが正しくない、あるいは論理的な矛盾があるケースもある。だがそれはそれでその著者の意見であろう。

 投資は人の考えの方向性を知れば成功する。だが本はその時点の考え方を表示しているとは思えないのだ。確かになるほどと思える考え方も含まれる。だがそれは所謂一般論的あるいは科学的であったりする。

 投資は将来の人の動きを察すれば必ず成功する。現にインサイダー取引をもしやったとすればその人物は絶対に益を得る。すなわち投資に成功するには将来の株に対する人の動きを知って実行することだ。

 そういう風に考えれば本を読むことと投資に成功することとは直接に関係がない。確かに本を読むのは考察力を高める手段の一つではある。だがそれはその人の頭脳の訓練のためで投資に成功することとは結び付いていない。

 投資に成功する人には本を読む人が多いということなのではないか。無から有は起こらない。卓抜な考え方もそのもとになる情報があったはずだ。

 ニュートンの万有引力の法則があって、アインシュタインは相対性理論に到達したと思う。もちろんニュートンの考え方をそのまま適応してのではなかろうが、何かの影響があったのは間違いがない。

 引力は重力と等価だとすぐに理解できるし、それを発展させれば相対性理論に行きつくかどうかは定かではないが、ニュートンの考えや発見がなければニュートンの前に立ち戻って考えを構築しなければならない。

 そのニュートンもコペルニクスなどの論理を利用しているだろうし、コペルニクスはまたその前の学者の意見をどこかに取り入れているはずだ。そう考えると山火事という自然現象が人に火を起こす原理に到達させたことだろう。

 そうような観点で見れば本を読むのは何等かの思考に到達する方法ではある。だがバイブル一冊を何度も何度も読み返すという発想も浮かぶではないか。バイブルに書いてあることは真の歴史を物語っているかどうは知らないが、一つの考え方だ。

 だが本を読むということは人から考えを受けるということに他ならない。本を読めば比較的簡単に情報や考え方を手に入れることができる。だが本は全てを言い尽くせない。

 春になって木が芽吹くさまを正確に詳細に漏れなく描写することなど不可能だ。自分の目で見ればそれが瞬時に分かる。本はまた考えの全てを網羅することもできない。

 ここに本を読まないという方式が見えてくる。本からの情報がなければ既に自分の脳の中に存在する情報を元に新しい考え方や状況判断を構築しなければならない。

 これが思考というものだ。本を読むことはこの思考を奪い他人の思考を取り入れてしまうという欠点がある。自分が考えある結論に達した時、他人の考えと意見の合致を見るという作業には本は有益なように思われる。

 本からの単純な情報は大切なものだ。しかし考え方まで本に頼ってしまうのはどうかと思われる。全ての人の考え方を知ることはできないが、多くの人の考え方は分かるだろう。その平均値に基づいて自分独自の思考を作り上げるということが本を読む目的であればそれはそれで納得できる。

 だが投資に成功する人は本を多く読む人ではない。情報を統合し、投資を実行する人の平均的な考えを知ることは必要だが投資に成功する人は本を読まなくても成功するのだ。

 物事に成功するにはそれだけの素質が必要だろう。異性に好かれる人は好かれるための本など読んでいない。生まれつき備わった性格がなければ大勢の異性には好かれない。

 投資に成功するにはそれだけの素質が必要なのだ。素質がない人は自分を見つめ直し、元本が保証されている投資だけをすべきではないかと思うのだが、いかがか。

 天才的相場師の是川銀蔵はかつて相場で成功するには多くの書物を読んでいるかとの質問に「日本経済新聞で充分です」という意味の応えをした。

 もし来週人はどのような動きを相場でするかを予想できれば貴方は投資に成功するだろう。それには本ではなく、新聞やテレビからの情報が鍵になるかもしれない。だが毎日ほど事件は起こる。明日には例えばトランプが交通事故で死亡しているかも知れない。さあどうする。

酒巻 修平

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