変化と進化

 最近日本人は平均的に身長が大きくなり、寿命も長くなった。それは統計でも明らかになっている。誰を見ても若く見え、昔の感覚で年齢を推定することはできない。

 寿命が長くなったのは医療が進んだのが原因であるとか言われているが、どうも私にはそうは思えない。癌患者の数は増加の一歩を辿っているし、昔と違って若く見えるという現象はそれでは説明が付かない。

 すると日本人は進化しているのだろうか。単なる変化だろうか。進化と変化はどう違うのか。もちろん一人一人には個性があり、昔にも背が高い人はいたが、平均的に背が高いというのでは日本人全体が変ってきていると言っても差支えはないだろう。

 進化は変化とは違い種が変り新しい動物種になることと定義することができる。しかし平均的に日本人(他の国の人も同じだろうが)が変化しているのはもしかしたら進化の一過程ではないか。

 進化論をダーウインが発表して人も下等な動物から進化したのだとして、キリスト教を奉じる教会などの猛反発を受けた。しかしそれが事実らしいと分かって、今では人は神が使ったということを主張する教会はごく稀だ。

 私は長く昆虫採集をやっていて、できれば未発見の新種を獲りたいと頑張った。それは叶わなかったが、昆虫の種は区別できる。だがまだ背が平均的に低かった老齢者と背が高い若者を別種として区別することはできない。だからそんな人の変化は進化ではないだろう。

 ところでダーウインの進化論は間違っていると大勢の学者が主張する。日本でも今西錦司とう学者が「私の進化論」という本を出版してダーウインの進化論を批判するし、他の多くの学者がいまだに進化はどうして起きるのか、あるいは進化とはそもそもどういうことかという疑問を呈している。

 ほぼ認められたダーウインの進化論が間違っていると主張する人がいるのは興味深いので私も「私の進化論」を読んでみた。だが残念ながら論拠も薄く、実験をした訳ではなく、ただ自説を述べているだけで到底ダーウインの進化論に対抗できるものでなかった。がっかりした。

 今西氏は種は変わる時がくれば変わると社会学的にアプローチしているが、それはとてもじゃないが科学的ではない。それが哲学だと言えば納得できるが、論理的ではない。

 量子力学という理論に深く関わったシュレディンガーという学者(ノーベル賞受賞者)は原子より小さい存在はもはや物質と呼べる状態ではなく、それは空間とエネルギーの相互関係の状態に過ぎないと言う。その存在は観察しようとして光を当てると変化してしまうので、計算上でしか表示することができない変幻自在のものらしい。

 すなわち常態というものはなく、従って原子が量子からできているとすると原子の集まりである分子、その集まりである細胞は絶えず変化していると主張する。もしこれが事実であれば人の体は絶えず進化的に変化していると言えよう。

 そしてその変化の度合いは大きくなければ遺伝子を通じて子孫に伝わらないと言うのだ。ダーウインの進化論の欠点の一つに中間の種がいないということだ。だがシュレディンガーが正しいとなると逆に中間種がいるとおかしいことになり、ダーウインの進化論が正しいと証明している。あるいは量子力学が間違っているのか。

 また適者生存というダーウインの主張には多くの反対がある。キリンは首が長いから木の上の方の葉を食べられたから生存しているなどと考えるのはおかしいとだ。ただラッキーだった動物が生き残ったのだとする。それに対してネオダーウイニストはまた反論する。

 しかしこの適者生存という考えはどうも正しいようだ。ダーウインは人の体の制御機構に思考が至らなかったが、直観的にはとても正しいのだ。ネオダーウイニストはダーウインほどの学問的努力をしないものだからこの適者生存を説明できなかった。

 適者とは外界に関することではない。それは体内部の変化が元ある体と機構に対応が可能かどうか、適しているかどうかなのだ。

例えば頭の後ろにも目があり、後部からの危険を察知できるとか。脳の機構上虚偽のことを言えないとか、あるいは癌の原因である細胞の非アポトーシスができないとか、そういう変化が元の体ともども生存が可能かどうかだ。

インシュリンが生成できない体の機構の変化は適者ではなく、生存できない。胃という消化器官がなくなり、食物は直に腸に送られるような変化も駄目だろう。

元々4足歩行をしていた動物が進化により2足歩行をできるほど後足が変化、発達があり、それは適者として生存できた。そしてこれは色んな意味で大きな変化で、だから綿々と遺伝していったのだ。

現在の人の機構は人を80年、90年と生存させた一応完成されたものだ。その機構の上に上記のような大きな変化がもたらされると人は現在の機構の上に新しく獲得した変化を持ち、進化していく。それは例えば「むべ」とか呼ばれ、その「むべ」たちは人骨から絶滅した「人」という霊長類がいたと発見するだろう。むべは200年も生き、癌は発生せず、嘘を付かない。

量子的変化は絶えず起こっている。多くの量子的変化で元の体に益をもたらす進化的変化はそう多くはない。だがそんな変化は長い時間を要しない。進化やその遺伝は比較的短期間に完成するだろう。

脳が人の機構を制御している。だから脳が健全でいつも運動していると長く生きられる。だから脳を運動させなければならない。どんな下らないことでもいつも思考を凝らし、脳を運動させれば脳を健全に保てる。

そんな考えの元で私はこんなもしかしたら馬鹿らしいことを考えている。秋は深くなっていく。もっと馬鹿らしいことを考えて、100歳まで生きるつもりだ。

酒巻 修平

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