何故電車の駅には駅員が少ないのか

 郊外電車に乗る。アナウンスがあり、「不審物などがありましたら、駅係員か車掌などにお伝え下さい」などと乗客に協力を依頼する。

 だが私が電車に乗る駅ではホームに駅員の姿など見たこともない。すると不審物があると電車を降りて、係員室にいる駅員に知らせるのだろうか。あり得ない。

 昔はホームの上には何人かの駅員がいて、目的の駅に行くにはどのように行けば良いのかなど色々尋ねたものだ。だがその駅員の姿がない。電鉄会社の経営はそんなに苦しいのか。

 でも大きなプロジェクトを進めているし、利益はたっぷりと出ている。上場会社だから簡単に調べられる。どうしたことだろうか。もっともっと利益が欲しいのか。

 最近はどの会社も自分たちがやらなければならないことを客にやらせる。その中で一番腹立たしいのは電話の自動交換システムだ。「・・・の要件の人は1を、***については2、その他は3」とか客に自動交換の手続きをやらせる。

 これには時間が掛るし、客には何のメリットもない。交換手を置く費用を惜しんでいるだけだ。喫茶店で使った食器を台に置いてくれというのはまだ良い。その分代金が低く設定されている。

 どうしてこの国の国民はそんなに大人しいのか。文句の一つも言えば良いのだ。昔の電車の駅の表示板も客の要望などを考えて沢山設置されていた。それが今は数が少ないから、電車を降りて乗換をするには左右どちらかに歩かなければならない。もし表示板が左にあれば右に歩くのは単なる無駄だ。

 次の電車が何時何分に来るかという表示板も少ないからそこまで歩かないといけない。でも時計はその隣には設置されていないので、やむなく携帯電話を取り出して現在の時刻を確認する。

 そう言えばどうして郊外電車の車内放送の英語はあんなに発音が下手なのか。中には子音にアクセントがあり、それでは子音にならないから、曖昧音の母音が挿入される。あれではその部分アメリカ人には通じないと思うのだが。

 日本には沢山のアメリカ人が住んでいる。どうしてその人たちにアナウンス原稿を発音してもらわないのか。

 回数券は一番安い料金体系にある。だがその回数券では清算機では清算できない時があるので、駅員がいる部屋で清算する。その時一々コンピューターで料金を入力するので結構待たされる。これも何とかならないのか。「どこ経由できましたか」という質問があるが、その意味も分からない。一本の電車で来たのでどこ経由かと聞かれてもどの駅を名指しすれば良いのか。

 時々車内放送が聞こえないことがある。他の音源の音が大きすぎるからで、これでは車内放送の意味がない。

 最近日本礼賛番組がテレビであると、海外の人が話している。「電車は所定の時間、所定の場所にきっちり止まるように運転されている。こんな素晴らしいことは我々の国では起こり得ない」などと日本のお世辞を言う。

 もちろんそんな話しは前以て用意された原稿に基づいているのは分かっているが、聞いていて呆れる。今電車はしょっちゅう遅れるし、昔から電車が所定の位置に止まるなど当たり前だった。それは日本人と外人の気性の違いで、素晴らしい技術などではない。ちょっと練習すればできる。

 子供や若い人(女性が多い)は電車が到着すると降車客が全員下りないうちから急いで入ってくる。もちろん列などは無視するのだ。席を確保したいのだが、優先席に座って老人が前に立つと携帯電話などを触り始め、老人が前の立っているのが気が付かない振りをする。

 日比谷線の駅から東急線の駅に向かうと中目黒で乗り換えなければならない。終電車に近いとこれが大変だ。中目黒の到着した電車は満員に近く、立っているのが苦痛だ。これも電鉄会社の利益欲しさの政策の所為だ。まだ利益が欲しいのか。もうそのくらいで良いだろう。

 日本は悪くなった。最近つくづくそう思う。原因はアメリカ発の拝金主義のせいか、それとも日本人の品格、能力が低下したのか。電車の話しをするだけでもこんなにある。多分会社の経営陣は現場を知らないか、無能かどちらかだ。そんな小さな節約をしなくてももっと人のためになって利益を出せる方法はある。

酒巻 修平

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