コンビニ、デパート大幅人員削減

 つい先ごろまで繁栄を誇っていたコンビニが経営合理化を目指して人員削減に乗り出した。コンビニが勢いに乗って急拡大したのはつい最近だったように思ったのだが、もう経営縮小なのか。

 原因は多分ネットで物品を購入する人が増えたからだろう。そう言えばアマゾンは日本を含み全世界で売上を急拡大している。

 だがアマゾンの急拡大はいつまで続くのか。ひと昔前までは一つの商売は30年でなくなると言われていた。だがそのスピードが速くなっているように思えてならない。

 そう言えば任天堂の名も最近聞く機会が少ない。まだ経営は健全なのか。最近は人が新しい物を求めて行動する気持ちが早すぎると思えるのだが。

 トヨタは日本では車自身の売上では利益を出していないとも聞く。車を売るのにローン契約を客と締結して、その利子か手数料かで稼いでいると言う。

 そんなことが嵩じると経済的な能力が低い人はどうなるのだろうか。あるいはそれはコンピューターの利用技術が低い人と言い換えても良いかも知れない。

 世界で今新たな物を必要として買っているか、需要がある地域はどの程度残されているのだろうか。アフリカ、アジア、中南米、などだんだん少なくなる。

 私自身ももう欲しいものは少ない。本くらいか。本も新刊本でなくても古本で充分だ。最近はお金を使わない日が多くなった。

 若いころは電話から始まり、洗濯機、冷蔵庫、掃除機、ポット、あるいはピアノ、エアコン、シュレッダー、コンピューター、書庫など種々の家電や家具を買ったが、もう買うものもない。

 若い人はまだ欲しいものはあるだろうが、家電などどうしても必要なものはもう持っているだろう。

 すなわち世界中どこでもあまり欲しいものがなくなる時代がくるのだ。無理して買えば良いものもあるだろうが、そんなことをするのは少数の人だと思える。

 5年後、10年後、30年後あるいはもっと幅を見て100年後の世界は経済的にどうなっているのだろうか。100年は長いように思えるがそうでもない。明治維新から150年以上過ぎた。

 その時には人は物を欲しがらず経済は停滞しているだろう。経済発展は止まり、その代わり経済に代わる人の目標ができているのだろうか。

 因みに江戸時代には耕地を拡張する努力が真剣にされたが、やがて開墾するところがなくなり、それが一因で武士は経済的に困窮を極め、殿様も商人に頭を下げて融資を受けなければならないことになった。

 そしていくつもの国で融資が焦げ付き、幕府はそれもあって崩壊してしまった。今世界を見るとその大型版に見えて仕方がない。

 日本にはまだ耕作できる土地、すなわち物やサービスを売れる国は存在しているが、それもやがてなくなるだろう。

 そうなった時、日本いや世界の経済はどこに向かえば良いのか。ものの修理は必要だろう。人の病気もまだ存在するだろう。だがそれだけで経済は世界を潤すのに充分な規模を保てるのか。

 経済はその時あるものの中で賄わなければならない。そう言えば日本の科学者がノーベル賞を獲得した。目出度いことではあるが、賞の対象になって発明は1900年代に比較すると小さい。

 もう科学も終焉に近づいているのではないか。そう言えば「科学の終焉」という本があった。本によると科学は研究の目的がなくなり、科学者の存在意義が薄れると書いてある。

 海で言えばべたなぎで風もなく、帆船を進めるのに苦労するだろう。今からその時の準備をしなければならないが、日本の政府や政治家はそんな長期のビジョンを持っているとは思えない。

 我々の孫は生活に支障のない食料や住居、衣類を確保できるのか心配になる。仕事があるのどうかも定かではない。

 マイナーな気持ちになっても仕方がない。こんなことは個人では解決のできない問題である。政府は将来を見据えて政策を立てる能力があるのだろうか。

 人が100歳になっても生きていける社会を作ると安倍首相は言うが、それを支える経済はあるのか。そんなことを考えると眠れなくなる。

酒巻 修平

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