あるお医者さん

 私はクラシックの歌唱法を真剣に勉強している。だけど下手に歌うと喉を傷めることがあり、その所為でコンサートでは大失敗をすることもままある。

 ある時6か月間ほど全くまともな声が出なくなった。色々考え発声方法を変えるがどうも上手くいかない。とうとう話声もおかしくなってきた。こうなると咽喉に問題あるいは病気があると疑わざるを得ない。

 ポリープができたのか。あるいはもっと悪い病気が巣くったのか、もうお医者さんに掛かるレベルだと思った。

 当時渋谷に会社があり、近くの耳鼻咽喉科のお医者さんがいないかと探した。見つけたのは恵比寿駅から歩いて5分ほどの距離にある小さな医院だった。

 私が行った時患者はいなくて静かだった。案内を乞うと受付嬢(結構可愛い)がやっと出て来て保険証を提示して診察券をもらった。診察室はオープンで専用の椅子が置いてあり、そこに案内された。

 診察は簡単だった。症状を告げ何故そうなったかを話すとお医者さんは私の喉に金属製の棒を差し込み、喉を視診した。そして、「何もありませんね。歌の歌い過ぎです。ポリープもありません」

 安心して会計のためにまた受付に行くと診察室の方から医者が何かを言っている。「今日は何もしていないので、料金は要りません」と言っていると受付嬢が伝えた。

 私は戸惑った。こんなことは今までなかったので、自分の気持が安定しない。「いや、それは困りました」と抗議をしても受付嬢は笑うだけ。仕方なくその診察所を後にしたが、何とも精神のやりどころがない。

 あくる日、菓子折りを買って再度その病院を訪ねた。菓子折りを診察料代わりに持参したのだ。それで精神の平衡が計れた。

 このお医者さんはどのように生計を立てているのだろうか。そんなことで医院の経済が保てるのだろうか。お節介だが気になった。

 それから何度か機会がありそこで喉の状態を見てもらった。診察料は要らないといったり、少し取ったりするので、私はもうそのことを考えないことにした。

 それから10年。私の息子がある時喉が痛いというので、思い出してその医院を紹介した。私は同道しなかったが、後で聞くと息子も診察料は取られなかったと言う。

 そのお医者さんは私だけではなく誰にもそんなことをしているのだ。息子も無料の処理に困ったようだが、私のように菓子折りを持参することはなかった。色んな患者を愉快の困らしているのだ。

 それからまた20年。その人は私より高齢なので、もうその医院はないとは思うが、一度行ってみたいと思う。そう言えば無料の理由を聞いたが、その人は理由を誤魔化して言わない。いや良いんですと言うだけだ。

 いまだにそのお医者さんとその医院を覚えているということは一服の清涼剤だったからか。あるいは若い日のノスタルジアか。古めかしい医院と昭和の香り。

 今のように何でもルールがあり、それに縛られた社会生活はその頃なかった。銀行へ行くとすぐに口座を開設してくれたし、大きな病院でも紹介状など要求しなかった。

 これはどういうことだろうか。人々は互いに信頼しなくなったのか。それとも守るべき事が多くなったのか。ルールを作り過ぎるとその反動で住み難くなる。だが他人が決めたルールに従わなければ社会生活は送れないので、自分の常識で考えられることに対してもルールを守る。

世のなかは変わったのだ。もうあんなお医者さんはいないし、ホテルではカードで無制限に前払いさせられる。当時ホテルは前払いなどそんなことはプライドが許さないと言っていたのだが、何とも殺獏とした社会が現出した。

 そう言えば長年アメリカと商売をやっていた時、やはり全てのことにルールがあり、それを守らされたことを思いだした。彼の国では油断するととんでもないことを起こす人が大勢いる。

 日本はアメリカとは違う。ほとんどの人が信頼でき、優秀だ。こんなことはアメリカではあり得ない。その状況を元にアメリカの考えを日本に持ち込むのはどうかと思うのだが。

酒巻 修平

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