秋の歌5選

この道や 行く人なきや 秋の暮れ(松尾芭蕉)

秋の日の ヴィオロンの ため息の 身にしみて ひたぶるに うら悲し

鐘の音に 胸ふたぎ 色かへて 涙ぐむ 過ぎし日の おもひでや

げに我は うらぶれて ここかしこ さだめなく とび散らふ 落葉かな

(ポール・ヴェルレーヌ秋の日は 瑪瑙のごとし 空行く雁の 長閑けからまし 

我が夢の 一連の長き思ひ出

(秋の日はめのうのごとし。 空行く雁ののどけからまし。

 我が夢のひとつらの 長き思い出)

                 (サトウハチロー)

君待登 吾 戀居者 我屋戸之 簾動之 秋風吹

(君待つと 吾が恋ひおれば 我が宿の すだれ動かし 秋の風吹く)

                (額田王)

長安一片月 萬戸擣衣声

秋風吹不盡總是玉關情

何日平胡虜 良人罷遠征

(長安一片の月 萬戸衣を打つの声 秋風吹き尽きず 全て是玉関の情

 何時の日か胡虜を平らげて 良人遠征を罷めん)

                   (李白)

 どうして今まで覚えているのか分かりませんが、相当印象に残ったのでしょう。受験勉強などあまりやりませんでしたが、学校の勉強はしたので、まだ覚えているのです。

 一番目の歌は松尾芭蕉が自分の行く道(俳句を極める)には誰もいないと歌って枯淡の味がする俳句です。詫びさびは当時の日本人の心の中にある諦観と呼応していたと教えられました。

2番目はヴェルレーヌのフランス語の詩を海潮音という詩集の中で上田敏が翻訳したものです。原詩より格調が高いと評判を取ったようです。確かに5言絶句調になっていて原文にも劣らない味わいを出しています。

3番目は大阪心斎橋筋にあった喫茶店に掛かっていた短冊に書いてあったサトウハチローの詩です。ネットでは出て来ませんね。女性にもてなかった私もたまにはデートをしました。行くのはその喫茶店でいつも先に行って待っていた私はその詩を覚えてしまったのです。若い日は女性にもてなくても楽しかったと思い出します。

 高校時代、万葉集などには興味は全くなかったのですが、最近その語調の素晴らしさを発見しました。私も歌を詠もうと試みましたが、駄目でした。古代朝鮮語の語調が基本になっているかもしれません。4番目の歌は額田王のものです。

 額田王は天武天皇の恋人でしたが、天武の兄とされている天智天皇に取られて天智が亡くなるまで妃であった人です。天智が亡くなってまた天武の妃になるのですが、そのころは妻問い婚で天武の来るのを待つ日が続きます。

 簾が動くと待つ人が来るという言い伝えがあり、ある日秋の風が吹いてきました。恋しい人がくるという額田王の女性の心情を歌って余りあります。

 中国はいつも北方からくる野蛮人に苦しめられていました。そこで戦争に駆り出されるのはいつも庶民。夫(良人)がいない家庭では衣を打つ音が各戸から聞こえてきたものです。

 衣を打っていると玉関にいる夫が偲ばれます。野蛮人を平定して早く夫が帰ってこないか、秋の日には独り身の寂しさを沈めるように衣を打ちます。

 中国は大きい国だから四方に野蛮人がいて、国を乗っ取ろうと企んでいました。現に元や清は蒙古方面から来た野蛮人が建国した国です。

 東西南北の野蛮人は東夷、西戎、南蛮、北狄と言い、中国の歴史は野蛮人との戦いの歴史と言っても良いくらいです。そして中国の漢民族は何度も征服されました。

 参考までに李白は商人で国家公務員上級職試験の受験資格がなかったとされています。だからとうとう詩人になってしまったのです。杜甫は合格できませんでした。中国はこの試験(科挙という)の所為で国の近代化が阻害されたと言われています。単なる記憶の多さを競っても何の意味もありませんね。

 日本でもそうならないように役人になる試験の内容、制度を変えないと時代の変化に対応できないように思えます。なお科挙の試験の倍率は3000倍くらいと言われていますが、合格者のトップから順に状元、榜眼、探花と称されています。

酒巻 修平

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