柿が庭に成った

 いつだったかどこかから柿の苗木を買ってきて植えた。その時には実がつ3つ付いていたので庭に彩りを付けたくて買ったのである。

 私は次の年も実がなるだろうと期待したのだが、ならない。その次の年こそは大丈夫だろうと待ったのだが、一向に実がなる気配さえない。第一花が咲かない(あるいは見えないだけかも)ので実がなるはずがない。

 それ以来庭には相応しくない樹形にも嫌気が射して柿の木の存在を忘れるともなく忘れてしまった。木は裏の日当たりのないところへ植えたのを恨んだのかもしれない。

 親戚(長野県)の家では柿の実が大量になるので、干し柿を作って送ってくれるので聞いたら、陽当りなどまったくない日陰に植えてあると言う。では陽当りがなくても大丈夫だと考えていたのが甘かったのか、柿の木がそれを恨んだ気がしていた。

 それから何年経っただろう。ある日妻が柿の実を手に持って部屋に入ってきた。どうしたのかと聞くと庭の柿の木に一杯実がなっているとのこと。

 見てみると100個くらい実をたわわに付けている。もうすでに赤く熟したものもありそうで、早速脚立を取り出し、あるいは高枝鋏で実を取った。

 それで計算すると苗木を植えてから8年の歳月が流れていたのを知った。「桃栗三年柿八年柚(ゆう)は九年の花盛り」という昔からの言い伝えを思い出した。

 そうか、この柿の木は別に僻んでいたのでも、陽当りの所為でもなく、実がなるまで8年の年月を待っていたのだと感心したものだ。

 柿の木は二階がない部分の奥に植えてある。陽当りは全くないが、その部分の屋根より上にも枝が伸び、そこにも実が沢山付いている。もう充分赤いので、そこの身も取ることにした。

 屋根に上るのは危険が伴うが少しずつ部屋のベランダから屋根を下りて行って実を3,40個取った。鳥に食べられているのもあったが、まあまあ食べられそうだ。

 最初に妻が取った実は置いてあってもう完全に熟している。食べてみるととても甘い。果物は取ってからしばらく室内に保存しておくと甘くなるというが、その通りで後から取ったものはたいして甘くなかった。

 100個ほどもありそうで、誰かに上げたい。声を掛けたがもらってくれると言ったのは息子の一人だけ。後の人はどこかから30個も貰ったとか言ってこちらの申し出を拒否した。

 今年100個できたから来年はその倍くらい実が付くと脅かされて、ちょっと困っている。毎日柿を食べると腹を壊すのでどうしようかと悩んでいる。そう言えば「柿食えば 鐘がなるなり 法隆寺」という句があるのを思い出した。

 芭蕉はさぞかし誰かに一つ柿をもらったのだ。自宅は法隆寺の近所にはなかったはずだから、あるいは想像でこの句を作ったのかも知れない。和歌も俳句も読まれている光景を実際に経験すれば想像か実感か良く分かる。

 庭には蜜柑の木もある。隣の藤の木が垂れ下がってきて陽当りが悪い。植えた初年度は3つほど蜜柑がなったが、それ以来2年ほど蜜柑の姿はない。

 そういえば蜜柑は何年くらいすれば実がなるのだろうか。柿も蜜柑も買えば結構高い。経費の節減のためにも蜜柑も早く姿を見せて欲しいものだ。

 肥料をやれば少しは甘く早く実が付くかもしれないが、そんな気力はさらさらない。だから庭から取って食べられるのは今年から実がなった柿と茗荷だけだ。だが茗荷は今年全くならなかった。

 植木屋さんに聞くと年によっては実が全く成らないものがあると言う。そう言えば食べられはしないが梅の実も今年はならなかった。木はどのように今年は実を付けるのを止そうと考えているのだろうか。

 秋の休日、そんな馬鹿なことを考えて太平楽を決め込むのも贅沢なことだ。散歩も飽きたし、休みは何をしようか。本ももう沢山読んだし、妻の顔も見飽きた。ま、ちょっとまだ固いが柿でも食おうか

「柿食えば 過ぎ越し方も 薄れおり」。たいした詩才もないし、退屈だなあ、休日は。

酒巻 修平

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