ソ連航空内の高官

 まだソ連が崩壊していないころ、仕事でヨーロッパへ行くことになった。日本の航空会社はあまりパイロットの腕が良いとは思っていなかったし、ヨーロッパ系はサービスが悪い。

 そこで考えてソ連のアエロフロートを利用することにして、料金を調べた。するとファーストクラスでも日本やヨーロッパの航空会社の普通クラスと同様程度であったので、思い切ってチケットを買った。

 さて当日飛行機に乗ろうとするとタラップも改札口も別になっている。ファーストクラスだから特別扱いということか。何だか偉くなったような気になって機内の人になった。

 ファーストクラスには私と後何人かしか乗客がいない。見回してもソ連の人たちばかりのようで、私は少し不安になった。その時はまだアメリカとソ連は冷戦状態で、一触即発の危機にあった時だ。

 ファーストクラスのキャビンは広く、座席の脚の部分は伸ばしても前の席には届かないくらいだ。座席の幅も極めて広く、痩せていた私が人くらい入りそうだ。スチュアーデスがとても親切だが、英語が通じにくい。

出発時間になると飛行機はゆっくりと走り始めたが、スピードが増すに連れてタイヤの辺りから異音が聞こえる。どうもタイヤが古いのかどこか傷んでいるのか、不安になって隣の席の男の顔を見た。

その男は平気な顔をしていたので、ひとまず安心して、極めて広い座席にゆったりと座り、離れていく陸地をぼんやりと眺めていた。

さて飛行機が離陸して食事になるととても高級なワイン、ブランデーなど飲み物は何でも飲み放題。私はブランデーを頼んだ。アララットという名前で香りがとても良く、フランスのものより上質なくらいだった。

 食事には山盛りのキャビアが供された。キャビアなど日本では何かの折にしか滅多に食べない高級品。それがいくらでもお代わりができる。私は呆れるやらお国柄の違いに驚くやら、生まれてから今まであんなに沢山のキャビアを食べたことがない。

 私も若かったからアルコールには強かった。ブランデーの後はワインを頼んだがこれもかなりな上物。全てソ連製だと思われるがその最高級の物が出されたのだと想像した。

 ところでアララットというのはノアの箱舟が漂着したという山の名前から取ったらしい。何種類かあったが一番低級な物が一番美味しかった。私の舌が貧しかった所為もあるだろう。

 室内はかなり温度を低く設定してある。ソ連人は寒い気候に慣れているから良いだろうが、日本人の私には寒くてやりきれない。隣に座った男はソ連の高官のように思えたが、その男はスチュアーデスを顎で使い、まるで召使に物を言っているように全て命令口調。

 だが男は私には親切だった。私が寒そうにしているとスチュアーデスを叱りつけ、毛布を何枚か持って来させた。私は大学でロシア語を少し習ったので簡単な単語くらいまだ覚えていた。

 それで「スパシーバ」と男とスチュアーデスに感謝すると男は途端に友達に会ったような表情に変わり、何だかんだ話しかけてくる。しかし私の覚えているのは単語だけ。

 仕方なくロシア民謡を小声で歌った。これは全てロシア語だ。すると隣の男はとても美しいバスの声で自分も歌い始めた。何しろソ連の高官だから遠慮がない。まだアルコールを飲んでいることも手伝い、美しい声がキャビン中広がる。

 相客はこんなことに慣れているのか、あるいは隣の男が高官だからか、誰も苦情を述べる人がいない。私も少し声を大きくした。後にも先にも飛行機の機内で歌を歌ったのはこの時だけ。

 しかし男は友達になったように私に懐いてくる。私のロシア語が酷すぎたからかその男は禁じられているであろう英語を使い始めた。だが私のロシア語よりは少しましな程度。

 私はアメリカとの取引が長いので、その男に英語を教えてやったりしてとうとう寝もせず、モスクワに到着した。ここで飛行機を乗り換える。空港はものものしく軍人が機関銃のようなものを持ってそこら中に立っている。しかし男が通る時にはその軍人たちは一斉に敬礼をする。やはり男は有名な高官だったようだ。男はその後も親切で税関の手続きやその後特別ラウンジまで連れて行ってくれた。

 日本は西側の国だが、フルシチョフは密かに日本は良い国だと言っていたらしい。男はそれを聞いていたのか、私にとても友好的だった。だがソ連製の飛行機はリスキーで私は帰りの便をキャンセルして、ヨーロッパ系の飛行機で帰国した。

酒巻 修平

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