ニューギニアのたばこ屋

 若い頃会社の命令でニューギニアに行ったことがある。貨物船の荷主用の客室が用意されていて、約14日の船旅だ。それを楽しみにしていたが、2,3日して飽きてしまった。毎日毎日見るのは水ばかり。トビウオが船を追いかけるのか先導するのか、何匹も飛び跳ねるのが見えるだけ。

 そんな旅が14日、やっと陸地が見えた。そこはニューブリテン島で船が付いたのはラバウルという町で、戦前の人は知っている大戦の戦場になったところだ。

迎えに来てくれたのは取引先の人たち。もちろんホテルには泊まらない。その人たちが借りている家に同居するのだ。私が勤めていた会社は今で言う「ブラック企業」。私に10オーストラリアドルしか旅費をくれなかった。1オーストラリアドルは当時400円くらいだったと記憶している。

経費がないから取引先の家に泊めてもらわざるを得ない。私に対する待遇や接する態度は決して好意的ではなかった。私の仕事は余り意味のないもので、仕入れた材木の船積みの様子を見ることである。

会社は資金が乏しいので材木が日本に到着して大手の商社に納入して代金をもらってから支払いをする契約。この辺にも私が馬鹿にされる要素があるようだった。

その家には二人の人がいて、二人とも私より年が上だ。私はその人たちの使い走りをしたり雑用を引き受けたりして、ただで家に泊めてもらう償いをした。

家にはニューギニア人の召使がいて、その人たちとも食事を一緒にとる。男女合わせて6,7人いただろうか。多分給料はなく、食事代が無料というだけだったと推測している。

昼食をしていると時々召使の男女が席を立つ。最初トイレにでも行ったのかと気にも留めなかったが、二人で行くのが不思議だった。5,6分も経つと帰ってくる。私がその理由を聞くと私に家を提供してくれた人が「あれはセックスをしに行くんだ」との答え。私は呆れた。

庭にはパパイヤの木が植えてあり、実が沢山成る。朝小さかった実は昼過ぎには大きくなり、食べられるようになるので、私も断って食べさせてもらった。大した食事もしていないからそれはとても美味しかった。

だけど人たちはだれもそんな果実に見向きもしない。私だけがせっせと食べる。だが、そんなことも3,4日続くとさすがに飽きてくる。味が濃厚過ぎるともう見るのも嫌になるのだ。

植えた人も最初食べたのだろうが、私と同様飽きてしまったのだろう。食の感覚とは不思議なもので、後に日本に帰って高価なこの果物を食べると本当に美味しかった。

土人たちが一番好むのは缶詰。良い仕事をすると缶詰をもらえるので、せっせと働く。中にはとても力強い人がいて、10㎞程の行程があるのに小型冷蔵庫を持って歩けるやつもいる。

彼らは大して食事もしていないので、人体の不思議を見るようだ。彼らはまた魚釣りをして釣った魚をご飯の中にぶつ切りにして入れて炊く。鱗が付いたままなので、美味しくないだろうが、彼らにはご馳走のようだった。

今はオーストラリア領になったか独立国になったか知らないが、当時は信託統治領だったと思う。だが政府が誰であれ、彼らには一切関わりもなく、興味もない。あるのは何とか缶詰をもらいたいという一念である。

ある時私はたばこを買いに行かされた。歩くと30分くらい掛かる。その時丁度車がなかったので、私に用事を言いつけたのだろう。町の中心に雑貨屋があり、そこでたばこも売っている。

経営者はオーストリア人で、一人で店を切り盛りしている。私が1箱1.4ドルのたばこを10個くれと言うと、その男はしばらく何かを考えていた。その時は考えている理由が分からなかったが、そのうち1.4を10回レジの機械を打って私に14ドル請求した。

驚いた。ここにいるオーストラリア人は1.4×10を暗算でできないのだ。レジの機械で1.4×10も打てない。呆れるやら情けないやら、私はどうしてこんな島に出張を命じられるのか、命令した上司を恨んだ。

当時まだカシオの計算機などなかった時代で、計算は特殊な機械でやる。重い、高価だから会社は持って行かせてくれない。仕方なく算盤を持参した。さすがにもう4つ玉で、私は何とか使えた。割り算は難しかったが、そんなに使うことはない。足し算と掛け算ができればビジネスの計算などには用が足りる。

親しくなったオーストラリア人に算盤の足し算を教えてやろうと考えた。1足す2は簡単だ。だがその答えの3に3を足す段になると詰まってしまう。何故なら3+3は6で、算盤では5の玉を下に下げて2も下に下げなければならない。(5は上に弾いてあってプラス5はその5を意味する玉を下に下げる)

すなわち3という結果が出た後3=5-2としなければならない。それを10回くらい教えるとやっとできるようになった。それに4を足すのはまた容易ではない。今算盤上には6がある。だから6+4は10-6としなければならないからだ。(位が1桁上がると使用する玉は一つ左に行くようにする)

算盤を扱える人はその後「+5」は簡単だが、その結果の15に6を足すのは案外難しいのが分かるだろう。日本人は頭が良いから簡単にやってしまうがオーストラリア人やアメリカ人にはとても難しい作業なのだ。

結局1から10までを足す計算をその人は算盤ではできなかった。ここで例のたばこ屋の経営者を思い出した。あの人が現地のオーストラリア人の知能レベルの平均なのだと。

酒巻 修平

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