トラブルとは何だ

 会社を経営していても、サラリーマンとして勤務していても、私生活でもトラブルは必ずと言って良いほど起こる。それが小さいものでも大きいことでも人はトラブルを避けて通ることはできない。

 夏目漱石が「草枕」という小説でトラブルのことを書き多くの人の共感を呼んだ。トラブルはそこらじゅう、いつでも起こる機会を窺っている。何故ならトラブルの半分以上は人と人の関係から発生するからだ。

 地震や台風などもトラブルに違いないが、それらは原因が自然だからでいわば一過性であるので、解決は全て金で行える。家がなくなったらまた建てれば良い。

 解決するのには難しいことではない。金で解決できる。だが人と人の関係から起こるトラブルは金で解決できるとは限らない。自分の気持、相手の精神状態など多くの要素が絡み合ってトラブルに発展する。

 実はこういったトラブルは歴史が始まって以来連綿と続いている。有史以前もあっただろう。それほど人の精神あるいは脳が発達しているという証拠である。猫は親が病気になっても苦痛を感じないし、自分の命がなくなろうとしていても感情なくそれを受け入れる。強い相手が近くにいると盲従する。

 古今東西トラブルが絶えないからそれに関する本は沢山出版されていて、誰もが一度は手にしたであろう。小説はトラブルなしには成り立たないし、ニュースの大半はトラブルに関することだ。

 そうであればいつでもトラブルは発生するのだと諦めて、前以てそれを回避する方法を考えておけば良いだろうし、逆に発生しても考えない方が良いかも知れない。相手の理不尽な言いがかりなどこれに限る。

 私の得意技は酔っ払いに絡まれてそれをトラブルにしないことだ。これはもう書いたかも知れないが、昔オーストラリアのシドニーに行ったことがある。一軒のバーで飲んでいると隣に老齢のおじさんが座って大いに飲み始めた。

どうもそのおじさんは酒癖が悪いらしく、話しかけにバーテンはほとんど相手にしない。そこで矛先を私に向けた。口を開くと私に「お前は日本人か」と大きな声で話し出した。

そこで私がそうだと言うと「自分の友達は戦争で日本人に殺された」と因縁を付け始めた。周りの人もおじさんの声が大きいので、何人かの人が見ている。私が「それは気の毒でしたね。戦争は嫌ですね」とか言っているとおじさんは「それで済むと思うか、このジャップ」と汚い言葉で私を罵り始めた。

おじさんはもう正常な神経を持っていない。でもこれはトラブルである。で、私は「確かにそれでは済みませんね。殺された人は生きて帰ってきませんからね」などとあくまでおじさんのペースに従う。

周りの老若男女ははらはらしている。中にはこそっと私に「我慢してくれ、この人はいつもそうなんだ」とか言うので、私は「OK」というだけ。でもおじさんの私に対する侮辱の言葉や軽蔑した態度は一向に改まらない。

だが私には辛抱をしなければならないという意識がない。ただおじさんの言うことに相槌を打ち、それに賛同する言葉を返しているだけだ。そのうち、おじさんはジャップという言葉を吐かなくなった。そしてだんだんと紳士的な言葉を使うようになった。そこで私がそのおじさんに「日本人を代表して謝るつもりで、この酒は私が奢るからまあ、機嫌を直して欲しい」というとおじさんは老齢だからもう争う気力も残っていず、私と握手した。

周りからは盛大な拍手が起こり、私の勘定は全員で払ってくれた。私はしめしめとただ酒を呑んでホテルに帰った。

だいたいトラブルなんてこんなものだ。もっと真剣なトラブルももちろんあるが、夫婦間でも会社の同僚間でも近隣の人との間でもトラブルがない方がおかしい。

私の友人に生まれてから一度も腹が立ったことがないという人がいたが、その人はとても良い人に見えるがプロの詐欺師であった。

 今、私はトラブルが起こることを想定して生きている。トラブルは大体言葉から生じる。だから耳の不自由な人には人的関係のトラブルは起きにくい。どういう言葉を話すかによってその人の人生の幸福度が決まると言われる。そう言えば目、鼻、耳、などでトラブルが発生することは極めて少ない。

だからトラブルに巻き込まれないためにはどのような言葉を使うかいつも考えている。遜ってばかりでは駄目だし、かと言って高飛車に出るのもよくない。

トラブルが発生しない程度で自分の主張をすることができるようになれば良いし、聞き上手な人にはトラブルは少ない。夫婦間は垣根がなくなり過ぎて、言葉を選ばないで話し、これがトラブルのもとで離婚率が多いのは日本人の言葉が下手になったこともあるだろう。

酒巻 修平

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