嬉しい手紙

 さる有名大学を卒業した20代の男性を採用した。彼はコンピューター技術にすぐれ私も大分教えてもらった。しかし採用目的は営業だった。彼は経済学部出身だから、会社は彼に取ってコンピューターは余技で、営業ができると期待していた。

 しばらく会社のシステムなどを講習し、営業活動を始めるとどうも上手くいかない。ただ私も営業を始めて最初に受注したのはたった7000円。そんな事実を考慮に入れ、1年ほど彼を指導した。

 だがどうしても営業の成果が上がらない。分析してみるとそれは彼の性格からくることだった。商品に対する説明が詳細を極め、それを客が好まなかったからだ。

 我が社が当時扱っていた商品はそんなに難しい説明など要しない。ただ商品の特徴を解説するくらいしか客には求められない。一緒に営業に同道した私は彼の営業姿勢が性格からきていると分析した。

 小規模の会社の運営は難しい。優秀な社員で職種にぴったりと合っている人をなかなか採用できないものだ。これは大企業でも同じだろうが、小企業ではそもそも求人に対する応募がほとんどないのだ。

 それに会社には仕事ができない人を置いておく余力はない。仕方なくある日喫茶店へ彼を呼び出し、「どうもあなたは商業に向いていないと判断した。このまま会社にいてもお互いに良い思いをしないと思われる」という言葉で馘首を仄めかした。

 彼は頭の良い人物だったので、それを真剣に受け止め、会社を退職した。私に取っても人を馘首するのは忍びない。・その人は生活も掛かっているし、自分の能力を否定されたように感じるはずだ。

 しばらくはそんな感傷に耽っていたが、仕事は追いかけてくる。次第に彼を思い出すことが少なくなった。でも時々は姿が目に浮かぶ。彼は良い性格の人だから余計にそうだった。

 それから,3ヶ月経っただろうか。私宛てに彼から一通の手紙が届いた。今さら私を非難する手紙とも思えないし、何だろうと読んでみた。そこには何と感謝の文面が躍っていた。

 「あの時、あなたは商業に向いていないと指摘されたことで自分の能力の方向を初めて知りました。確かにおっしゃる通りで、今はNTTドコモでコンピューター技術者として働いていて、毎日が楽しくて仕方がありません。一言感謝の意を表します」という趣旨が書いてあった。

 確かに私は彼の能力分析をしたのだが、会社が彼を雇い続けられないという会社の自己都合で彼を辞めさせたのだ。それを彼は自分の能力の分析を会社が的確にしてくれたと感謝している。

 嬉しいことだった。こちらの負い目はあるものの、彼が今は楽しく毎日の仕事をしている姿が目に浮かぶようだ。キーボードを叩き、また考え、そして構想を練ってゆく。

 そこはコンピューターが支配する世界だ。人の種々の思惑や気まぐれは入り込む余地がない。コンピューターが受け付ける方式によってのみ、物事が進んでいく。

 確かに彼の性格にはぴったりだ。我儘な客への対応は要らない。彼の細かく誠実な処理がコンピューター向きなのだろうと思う。それを楽しんでいるのだ。しかしこのように感謝の手紙を馘首された会社に書くというのは稀有なことだ。

 それから私もコンピューターの操作を覚え、研究するようになった。彼のお陰でプログラムも組む練習もした。彼が我が社を去ったことは互いに良い結果をもたらしたのだ。

 今彼はNTTドコモの重要な役目についている。あの誠実さが正当に評価されたのは嬉しいことだった。同時に大きな会社にはそれだけ人を評価し、受け容れる容量があるのは羨ましくもあった。

 これからもコンピューター社会は拡大していくだろう。そんな時半分虚偽のようなことも多くなる。それを阻止するのは彼のような純粋な性格の人が会社の上の方にいるというのは社会に取っても有用なことだ。

 確かに会社の都合で彼を馘首した。だが結果的には良いことをしたのではないかと錯覚することにしている。今でもその手紙を家宝として持っている。

酒巻 修平

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

次の記事

大量殺戮者