大量殺戮者

 犯罪の中で一番罪の重いものは何と言っても殺人であろう。人には生きる権利があり、生を満喫している。幸せや不幸せはその人の努力や運などで決まることも多いが、生きていなければ幸せを享受することもできない。

 若い男女がお互いを恋し引き合い情を交わす、志望大学や高等学校の入学試験に合格する。家庭で鍋を囲む。子供を遊園地に連れて行き、喜ぶ姿を見る。あるいは経営する会社が破綻して、その立て直しを図る。

 幸や不幸は人生に付きものであるが、我々が人として生まれて来たから色々な経験をするのだ。その人生の後には死が待っているが、生を経験したことは何にも代えがたい。

 その人の生を消滅させる殺人という行為は人の全てを奪う行為であるから、どんな規範に照らし合わせても許し難い行為である。人の生を消滅させる行為が許されないことであるなら、国家による死刑が許されるのかという命題も浮かぶ。そして死刑を廃止している国や州があるのは考えさせられる。

 時々アメリカでは大量殺人事件が起こる。最近では日本でも頭が狂った人が同様の事件を起こすようになった。だが殺害する人も数は歴史的に見ても精々100人が最高だろう。

 だがこの生の消滅行為を別の角度で分析すると罪に問われない殺人事件も多く発生している。私が生れてからもそんな事例は多い。

 日本政府は戦前中国の領土を簒奪しようとして、対立するアメリカと戦争をした。そして貴重な若者を戦場に派遣して何百万人もの命が無くなった。そんな戦争を仕掛けた軍部や政治家は戦争により人が死ぬのを予見できので、これは見方によっては未必の故意である。

 アメリカはもっと酷い。日本に戦争を仕掛けさせる目的で、石油の輸入を止め、日本に戦争を仕掛けさせた。そして日本軍が劣勢になり、戦う能力がなくなったからも、東京、大阪、その他の都市の罪もなく戦う意思もない無辜の一般人を大量に殺害した。

 敗戦した日本のトップの東条英機は死刑になり罪を償わされたのでこれはまだ許せる。だが勝ったとは言え、アメリカの戦争犯罪者は名誉を与えられ、自分の生を全うした。

 ルーズベルトが戦争を初め、日米の戦士500万人を殺害したのだ。更にもう日本に戦闘能力がなくなった時、広島と長崎に原爆を投下する非道な決断をしたのはトルーマンだった。この男は原爆を実験的に使いたくてそんな悪辣な行為を実行した。

 それより少し前、ロシアには革命が勃発して共産主義という名の元に独裁国家が誕生した。レーニンも人を殺したがまだその数は少ない。だがその後のスターリンは自国の反対派など3,4000万人殺害されたと報じられている。

 もっと悪名高い人物もいる。ヒットラーだ。彼の祖父がユダヤ人でそうではない祖母が夫である祖父に虐待されてから、ユダヤ人を恨むようになり、思想も含めてユダヤ人を殲滅する計画を実行したのだ。

 彼はホロコーストという収容施設を設営して600万人以上を殺戮した。だが彼がトップであったドイツは敗戦したから彼は自らの命を絶って罪の一部を償った。

 そんなことは最近の中国でもあった。この時は戦争ではなく、独裁国家を守るという自分の主義主張、利己主義を満たす目的だった。鄧小平が天安門事件で殺戮した人の数は6000万人と言われる。これはまだ1989年のことだ。

戦勝国は戦争に勝ったからと言って戦争犯罪と分析できることを人類として許せるものなのか。ルーズベルト、トルーマン、スターリン、鄧小平などに対しては国や裁判所も無力だった。

 人名    殺人者数    摘要

東条英機   3,000.000   第二次世界大戦

ルーズベルト 3.000,000    同 

トルーマン  1,000,000    同

スターリン  40,000,000   共産革命

鄧小平    60,000,000   デモ粉砕

 こうなると政治家という職種を選ぶ人物はどのような性格をしているのか考えさせられる。殺人をしなくても平気で人を裏切る小沢一郎、小池百合子なども劣悪な性格の持ち主だ。

 我々はもっと賢くならなければならないし、選挙にもっと関心を持つべきだろう。だが1票を投じる効果が計れない。何とかもっと良い選挙法はないものだろうか。

 ところで国土が大きければ政治家の犯罪も大きくなる。人は善悪二つの性格を併せ持っているのは致し方がないとして、悪の部分をもっと抑え込む方法はないものだろうか。

酒巻 修平

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