サービスの良い親切な役所

 我々が若い頃市役所や区役所に行くと職員は上から目線で、自分たちのルールに従えという態度が見え見えだった。

 だから使う言葉もぞんざいでこちらの方は話すにも相談するにも遠慮があった。それが今ではどの役所も親切になり、苦情の受付係を置いていたりする。

 これは当然だが、いつからこうなったのか、隔世の感がある。総合受付に立ち寄ると要件を話せば係のあるところを教えてくれ、なかなかサービスが良い。

 最近私は民事訴訟の原告になった。すなわち自分で訴訟を提起したのだ。誰かを訴えたということだ。訴状を持って裁判所を訪れた。

 ところが事務能力が落ちているとみえ、訴状の諸所に間違いがあるし、印鑑を押すのさえ忘れている。

 たまたま三文判を持っていたので、それで印鑑を押したが、冷や汗ものだった。間違いを指摘してくれたのは訴状受付係の若い女性職員だったが、彼女は極めて親切で丁寧であった。

 待ち時間もほとんどなく、いらいらすることは皆無である。たまたま他にも用事があったので、そのことも聞くとある程度教えてくれて、担当の部署を指し示すため、廊下まで出て来てくれた。

 その部署に行き、用事を足そうとしたがここでも私の情報では用をたすには

不足だ。だがそこの担当者も(これは男性)私が持っている情報だけで何とか私の要求を満たせないかと努力してくれた。

 裁判所もコンピュータ化が未了のところがあるらしいのだが、私の要件はそこで済んでしまった。何とも感心する話だ。

 ここでは二度手間にならないよう、最大限の努力をしてくれるという点で素晴らしい役所だし、システムは我々、小企業の経営者に参考になることが多い。

 物事の進め方、ファイリング、時間短縮方法、論理を重んじる仕事の仕方、などなど、非常に興味深いことが多い。

 そう言えば裁判所にも順番待ちのカードを発行する機械があり、番号で順番を管理して、呼び出しを掛ける。

 それはどこも同じだが、私が行ったときは前に待っている人が0だった。そうするとすぐに担当の女性が立ち上がって、私の要件を尋ね初めてくれた。

 これは銀行でもないことで、この役所の優秀さを感じた。裁判所は勿論私的団体ではない。

 役所がいくら一所懸命働いてサービスを良くして料金を徴収してもその役所の収入として職員に還元されることはない。サービスが多少悪いのはことの道理だとは思うが今はそれがない。

 病院はどうか。ここでは相変わらず、患者を長時間待たせることが多い。医師の時間は大切にする割に患者の無駄な時間は無視する。

ただやり過ぎだとは思うが、患者の名前の後には「さま」という言葉を付け、医師の言葉もかなり改善された。

 

 これは患者に対して金を運ぶ客とみたからか、それとも一人の人としてそれなりの敬意を表したことなのか、願わくば後者であってほしい。

今でも患者たる他人に為口をきく医師がいるが、そういう人は大体技量が悪いと相場が決まっている。

現代社会はネットをなしには語れない。だからかどうか、電話による対応は用を得ないし、電話口に出て来る人はだいたい出来が悪い。

 どうもサービスに関しては私企業と公共団体が逆転したように思える。私は弁護士に依頼せずに訴訟を提起したり、提起されたりすることが多い。そんなとき裁判所のやり方に不満を持ったころは一切ない。

 これはどういうことだろうか。多分私企業では客を重視せず、客が満足するサービスを提供する努力を怠っているのだろう。

私は役所に感謝をしたい。国の官庁はまだまだだが、人は努力すれば成果は必ず付いてくると思った。裁判所ありがとう。

酒巻 修平

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