政府が勧める男女同権には反対する

 日本が男女同権と声高に叫ぶようになってもうどのくらい経つのか。一時アメリカに商用でしばしば訪れたとき、アメリカにあった男女同権主義がやがて日本にも波及するだろうとアメリカ人の誰もが言っていた。

 それは確かに現実になった。さて権利とは何だろうか。女性が男性と同じ種類の仕事を同じレベルでこなせば、同等の収入を得られる。この収入が権利だとすればそれは大賛成であるし、我が社も男女同権と世の中が言う前からそうしていた。

 それはそうだ。生産性が男性より高い女性が女性だというだけの理由で収入が少ないなど、馬鹿げている。

 だが権利は経済的な理由だけではない。日本政府は女性の管理職や政治家の比率が先進国の中でも際立って低いと嘆いている。

 私はそんな人たちの頭脳構造の悪さを逆に嘆きたい。有能な人が女性でも男性でもそれ相応の地位に就くべきだとすれば、いまだ女性の管理職の比率が低いのはそのように女性の能力を評価しているからだろう。

 それを強制的に同比率あるいは女性の比率の方が高くするなど、国を亡ぼす元だ。かつて勝海舟が海外視察から帰った時、老中の諮問に対して、あちらでは能力の高い人が高い地位に付いていると応え、老中の顰蹙を買った。」

 その時の老中はさぞかし自身の能力に自信がなかったのだろう。それは身分制度がもたらした弊害であった。

 それが時を移すと能力がなくても女性だという理由だけで、高い地位に付ける政策をするのか。海外では家庭をある程度無視して女性は仕事に付いている。だから幼少期の子供は思わぬ犯罪に走ったりするのだ。

 ある制度を採用するのはメリットとデメリットがある。男女同権という制度を新しく作った時、そのデメリットを考慮したのか。

 人間の子供は他の動物と比較して極めて未熟に生まれる。これは頭脳が他の動物に比較して高すぎるからだ。

少なくても中学生になるころまでは母親の無償の愛がなければ豊かな人格は形成されない。

 その大切な役目を母親は負っている。すなわち次代に活躍する人を母親が作り出すのだ。だがそれを放棄してまで働きたいという女性が非常に多い。そんな家庭では子供は無償の愛とはどんなことなのかを知らないで育つ。

 日本には他の国にない良い所が沢山ある。どうしてそれを放棄してまで他国の真似をしなければならないのだろうか。

 男性には男性、女性には女性の良いところがある。それを全て無視して男女同権を推し進めるのか。

 少なくても我が社ではそんな制度を採用しない。その代わりランチに外出すると帰りには時々ケーキを女子社員に買って帰る。

 我が社の女性社員はあまり遠慮しないで意見を言う。そこで聞いてみた。男女同権に賛成するかと。

 全ての女子社員が男女同権に反対だった。仕事が辛くなるし、男性と食事に行っても割り勘で味気ないというのだ。

 だが50人ほどいる我が社のNo.2の給料を取っているのは女性だ。極めて優秀で、それが当たり前と全社員は思っている。これが男女同権ならそれは賛成だ。

 今私立の保育園では経済的理由ではなく、自分の働きたい、外に出たいという欲望を満たすために子供を預ける母親が多い。

 保育園が少ないとクレームする人にはこのような人が多く、経済的にどうしても働かなければ生活が成り立たないという人は稀だ。

 ただ男女同権になったという理由で、家庭では妻が夫の行動を指示する傾向が強い。夫は少ない小遣いを与えられ同僚との交際もままならない。

 そんな人が会社で高い地位に付けるはずがない。だからそんな妻は下世話で言う「さげまん」だ。そして総体的にそのような男性が増えてくると国の経済の足も引っ張る。

 男は外で一所懸命働く。女は子供ができたら、子供の将来のためにも無償の愛を与える。そんな社会が存在していたころ、皆幸せだった。

酒巻 修平

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です