自分の考えの奥にあるもの

 誰もが何かのことで深く考えることがあると思う。そしてある結論に達してそれを元に行動に移すだろう。

 だがそれは自分の考えの最良のものではない。その奥には更に深く良い考えが潜んでいると信じる。

 最近私にもそんな経験があった。それ以前にも最良と考えたことがそうでなかったり、後で改良を加えたりしたことが多かった。

 人の頭脳がどのように構成され、どのように働くのかは解明されていないが、頭は使えば使うほど良くなるのは誰もが経験することだろう。

 深い考えとはどのようなものかどうすれば達成されるのかは、従って、分かっていない。

 だが自分で深く考えたつもりになったところで、更に奥がある、それは今の考えに繋がるがその繋がりは細く、努力しないと到達しないと信じるべきだ。

 そこに到達しようと努力していると、不思議に道が開け、満足のいく考えに行きつくだろう。

 それでも終わりではない。更にその奥にはもっと良い考えがある。今は新しい考え方に到達したばかりだから、さらなる努力は難しい。

 だがまだ奥は必ずあるのだ。そしていつかその奥に到達すればもっと先が見えるような気がする。

 人の頭脳は無限に働く。考えれば考えるほど、頭脳は働いてくれる。あるいはシナプスというものが脳の一部分と他の部分をつなげるのかも知れないが、そのシナプスはものを深く考えなければ働いてくれないものらしい。

 引っ越しした今の家は前の家から比べると相当狭い。だから幾つかの家具を捨てた。もっと捨てろという妻を無視してできるだけのものを運び込んだが、配置良く収めることが難しい。

 全てを効率的に使えるようにそして美観を損ねないようにしなければならない。1週間くらい考えてどうにか全ての家具類を収める目途が付いた。

 だがまだ不満が残る。それでまた考えた。するともっと良い方法が浮ぶのだった。それからも考え、一応満足する形になった。

 この時に最終的に考えたことではなく、少し前のアイデアを採用していたら不満が残り、またやり直しをしたくなったと思う。

 そしてもう家具は入らないと思っていたが、ある年、大きな家具を買った。今まで持っていた家具より相当大きい。

 リサイクルショップで見つけて衝動的に買ってしまったのだ。ぎりぎり入れた家具があるので、この大きな家具は入らないと思ったが、数日考えて収めた。

 するとその家具があるお陰で部屋が豪華に便利になった。とすると自分が最良と考えた配置は最良ではなかったのだ。

 人が聞いてもこの話しは何の興味もないかも知れないが、言いたいことの具体例を示したかったのだ。

 人は仕事上考えることが多いだろう。株式の売買をしている人もいるだろう。あるいは小説を書いている人や、音楽を演奏している人も大勢いる。

 そんな人は考えることが多いはずだ。笛の吹き方一つを取っても動力としての息の使い方は奥深いはずだ。

 どの角度から息を当てるのか、息は何処から発すれば良いのか。考えなければ上達はない。そんな時、良い方法が浮んでもその奥にはもっと素晴らしいやり方が潜んでいるものだ。

 古今東西の天才たちはいつもそのように考えたに違いない。葛飾北斎は惜しくも90歳でなくなったが、100歳になればもっと画業に精進できると信じていた。

 我々も彼に習っていつももっと良い考えに到達するようにしたい。個々の人がそんな考えを持てば日本という国は総体としてもっと文化的な良い国になるだろう。

酒巻 修平

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