白鵬のかち上げ

 モンゴル出身の横綱、朝青龍は横綱としての品格を持っていたとはとても思えない。強ければどんなことでも許される。どのようにしてもルール内であれば許されるという考えを持っていたように思われる。

 だがそこに立ちはだかったのが白鵬だ。ヒール役の朝青龍の勢いと止め、自身が大相撲の看板力士へ上り詰めた。

 朝青龍に分が良くなったころの白鵬は良い青年に見え、とても感じが良かった。いかにも強そうで、そして優しそうだった。

 体形も力士向きで、体の使い方も抜群に良かった。それに加えて運動神経も抜群でファンは手を叩いて歓迎したものだ。

 だがモンゴル人には奢る心があるのか、横綱に昇進して優勝を重ねるようになるころから謙虚な態度がなくなった。

 勝つためにはどんなことでもやるという態度は朝青龍と軌を一にする。これでは折角手に入れた人気にも陰りが見える。

 国籍をモンゴルに置いたまま、年寄りとして相撲協会に残ろうとした。ましてどう見ても星を買っている。すなわち八百長をしているように見えて、まともに星勘定を信じることができない。

 モンゴル出身力士がつるんで白鵬に勝ちを譲っているように思えてならない。それを親方の考えを忠実に守る貴ノ岩が白鵬を破ってしまい、それを貴ノ岩が吹聴した。

 貴ノ岩がそうするのは理解できる。無敵とも言える実力を白鵬にガチンコ相撲で勝ったのだから、それは仕方のないことだ。ただこれからは自分たち若い者の時代だと言ったのは言い過ぎか。

 しかしそのころには白鵬の力が落ちていたことも事実で、白鵬はそうであるが故に余計にかちんときたのだろう。

 だがその仕返しに日馬富士を絡ませたのはどう考えても許せない。日馬富士が酔うと癖が悪いのは評判だったので、いわば焚きつけた形だ。

 その後の態度も良くない。数えれば切りがないが、行司が立ち合いを成立したとした判定を自分勝手に成立していないとして譲らず、負けをどうしても認めなかったのは「見苦しい」の一言だ。

 また「物言い」が付いても当然だと考えて、勝負の判定を不服として土俵を去らなかったのはそれに拍車を掛ける行動だった。

 いつだったか、稀勢の里との取り組みでは巧妙に立会いのタイミングをずらし、自分有利に立会いを制御したのは、他の力士との関係でも何度も見えることだ。相手は横綱に待ったをするのをどうしても躊躇する。

 どんな強い力士も年齢を重ねて引退しなければならない時期が来るのは止めることができない。

 それは人として当たり前のことで、白鵬が何故それを認めないかは疑問が残る。まだ少しでも金儲けをしたいのだろうか。

 最近は怪我などの正当な理由がなくても調子が悪いか、あるいはたまたま負けが混むと休場してしまう。それは鶴竜とは違う。鶴竜は本当に怪我の状態が悪いのだろう。

 横綱は大相撲の看板力士だ。それが自分の恣意的な考えで休場してしまうのはファンや観客を馬鹿にしている行為だ。

 一番問題なのはかち上げだ。かち上げはルールで認められているからやっても良いというのには異論がある。

 やっても良いのは相手の力士を負かすための行為で、相手を傷つけることを目的にやる行為はルール違反だ。

 例えば、腕の関節が決まった場合、それにもっと力を加えて腕の骨を折ることは許されるかどうか、考えれば分かるだろう。

 かち上げで相手の力士に脳震盪を起こさせるのは相手の体を痛める行為に他ならない。そんな理論が協会には分からないのだろうか。

 白鵬はもう42回も優勝を飾っている。その中に何度の八百長による優勝が混じっているかは知らないが、それにしても歴史に残るような成績を上げたのは事実だ。

 もう自分を汚す行為は止めて、引退するのが良かろう。可能性としてはもっと優勝できるだろうが、ここらが引き際だ。

 そうすることで、白鵬の名前はもっと上がる。あるいは未練がましく横綱であり続けて金を儲けたいのか。

酒巻 修平

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

前の記事

事業家と経営者