どうしてそんな名前でないといけないのか

 知人の相続税の相談を受けていて制度を調べていると、小規模宅地として330m2以下との記述があった。これは税務署が作った資料の中から見つかった。

 何故そんな半端な数字が基準になっているのかと考えるとそれは昔の基準の100坪であるのはすぐ分かる。

 300m<2とか大まかな単位が基準になっていれば分かりやすいがどうして330m<2などとするのか。

 これはいつか度量衡の単位を意味なく変更したからだ。その時には坪、丈、尺、寸、貫、匁、などが変更になりその悪影響が今になっても使用者を混乱に落としいれている。

 この間心電図を取った。その部屋の入口には「女性の看護師に担当してもらいたい人は申し出て下さい」と張り紙がしてあった。

 女性の看護師とは看護婦のことである。どうしてその名前を無理やり廃止しなければならないのか。看護婦で良いではないか。

 ただ罰則はないので、私は絶対に看護士さんとは言わない。言うと混乱するし、言う必要を感じない。看護婦さんと言っても男女平等を無視することにはならないからだ。

 スチュワーデス、スチュワードもそうだ。一律に客室乗務員という名前で統一された。さぞかし男女同権の制度をこんなところまで拡大解釈して名前を統一したのだろうか。

 町名も味気のないものに変わった。千代田区はまだ良いが文京区では由緒あり美しい町名が沢山消滅した。

 根津八重垣町、根津須賀町、根津宮永町、根津藍染町、根津片町、根津清水町が根津1~2丁目となって、美しい名前は使われなくなった。

 港区でもこの傾向が強い。麻布桜田町、麻布三軒家町、麻布本村町、麻布山元町、麻布西町、麻布宮村町は消えてなくなり、味気ない丁目に統一された。

西久保明船町、西久保八幡町、西久保巴町、西久保広町、西久保桜川町、西久保城山町、西久保葺手町も被害を受けた。

 それらは郵便配達の便を考えてのことというが、今や郵便番号がある時代。昔の由緒ある町名は失くす必要は全くない。

 因みに目黒区ではいまだ美しい町名が保存されている。駒場町、鷹番、碑文谷、洗足、柿の木坂、緑が丘、大岡山、自由が丘、青葉台、祐天寺、八雲などだが、それらの存在が郵便配達に支障を来していると聞いたことはない。

 もしこんな無意味で文化を壊す名前の変更を推し進めると山の名前も変更すればどうだろうか。

 富士1号山、富士号山、富士3号山、或いは静岡1号、静岡号、岐阜1号、2号などに変更すると人はどう反応するだろうか。

 町名も山の名も~号や~丁目などと表記するより旧町名を残して置いた方が便利に違いない。

 一体虎ノ門4丁目と言えばどこかなかなか答えられない。だが西久保八幡町といえばイメージも沸き易いし、聞かれて案内するのはより簡単なはずだ。

 どうして官公庁はこんなに馬鹿なのだろうか。必要な物を失くし、不必要なことを多く作る。「下手な考え、休むに似たり」とはこのことだ。

 こんなことだから官公庁から来た書類は何度読んでも分からないことが多いのだ。文章や使っている言葉が適切ではないからだろう。

 暗記する試験で職に就いたのに、折角暗記したことも使い切れない。何のための勉強か。人に迷惑をかけるために勉強するのか。何とも腹立たしい。

 今でも不動産を買う時はm2を坪に換算し直して適正価格かどうかを業者と買い手で話し合う。

 度量衡は元に戻したら如何か。そう提案してもそんな意見を真剣に考え、実行に移すほど、彼らには度量がないだろう。嘆かわしい。

酒巻 修平

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