ウイルスは二度変異する

 今中国発の新型肺炎ウイルスが猛威を振るっている。だがこのウイルスを体内に吸い込んだ人が全て発症するとは限らない。

 人には長年に亘ってウイルスその他と戦って進化してきた免疫機構が存在し、自己の体とは異質なたんぱく質を消滅させる。

 だがウイルスも自己が殺傷されることを免れるために特定の免疫の攻撃を躱すために変異するのだ。

 生物は自己複製する系であり、そのためには自己の生命も保たなければならない。この変異は人には有害であってもウイルス側からみれば必要な作用である。

 それが一度目の変異だ。この変異は素早く行われる。ウイルスは自分自身では栄養素を取る動きはできない。何等かの力で人の体に侵入し、そこで細胞に寄生して子孫を増やすことができるほどの生命力を得るのだ。

 その場合、人の体は宿主と言ってウイルスが活動する場所を提供している。ウイルスは宿がなければ活動するほどの生命力を持てないので、宿主自身が生命を失っては自分の生命も危うくなる。

 だから最終的には人に危害を与えないように二度目の変異をするのだ。そうして人の体に適合あるいは融合して宿主が生命を保つ限り自身の生命も保証される。

 このことから種々の科学的知識が得られる。それは仮説にならないレベルのことではあるが、一部は事実として認定して良いような事実もある。

 まずウイルスが変異をするということは進化しているということを意味する。ここで分かることは進化にはそう長い時間が掛からないということだ。

 ウイルスは間違いなく生物である。自然物であればウイルスが変異をするように変化することはない。とすると生物の進化はごく短時間に行われる証拠ではなかろうか。

 ダーウインの進化論を擁護するネオダーウイニストもそれに反論を唱える科学者も進化に要する時間を論争の的にしている。

 だがウイルスは短時間で進化する。この事実から進化には長い時間、例えば1000万年など要しないと考えられるのではないか。あるいはウイルスだけは別扱いにしなければならないと異議を唱える学者もいるかも知れないが、その場合はウイルスが生物ではないことを証明しなければならない。これはできない。

 人も進化して今のホモ・サピエンス・サピエンスになった。それにウイルスが関与したことで進化したという仮説は、ウイルスが進化の要素であり得るだろう。

 因みに人が巨大化するようになったのは今から250年ほど前で、それは北欧から始まった。そのころ新種のウイルスが人の体の一部に変異したことにより、進化でなくとも人が巨大化する原因になったとは考えられないだろうか。

 ウイルスが変異して人の体の一部になったとするなら、人の体はウイルスによって組織建てられているのではないか。そうだとすると人はウイルスが融合した分人はますます大きくなるだろう。

 地球上に現れた最初の生物がウイルスかどうかは分からないが、少なくてもこのくらい微小な生物が変異して宿主の体の一部になったとするなら、全ての生物の進化はウイルスによってもたらされるのではないか。

 この思い付きは考慮する意義があるかどうかは分からないが、ダーウインの進化論にしても今西勤司の「私の進化論」にしても全て仮説によっている。仮説は小さな思い付きからの産物だ。

 ニュートンの万有引力の法則もりんごが木から落ちたのを見て閃いた思い付きからスタートして歴史上の偉大な法則に辿り着いたものだ。

 ただウイルスが進化の原因だと誰かがもうすでに言っている可能性も高い。なにしろ思いつき易いことだから。

 もしかしたら病気の原因も全てウイルスがどこかで関与している可能性はないのか。新型の肺炎のような恐ろしい病気の心配をよそに進化論を考えるのは不謹慎かも知れないが考えてしまったことはもう取返しが付かない。

酒巻 修平

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