AIは人間を超える?

 の知能、能力が人間を超えるだろうという妄言を吐く人がいる。コンピューター関連の仕事あるいはそれを趣味にしている人がそんなことを言うのだ。

 では聞きたい。人の体はどのように制御されているのか。

 大勢の優秀な学者がそれに挑戦し、いまだそれは解明されていない。すなわち人の体がどのよう動くは分かっていないし、いまだ未知の分野が隠されている可能性もある。

 が人間を超えると無責任に言っている人は人の体の動きや成り立ち、脳の働きを熟知しているのか。

 人は病気になるとそれを自動的な治癒する機能を持っている。

 病気になると病院へ行くが医師は症状の軽減しかできない。病気の原因が分かっている伝染病や骨折、虫歯などは例外的に治癒ができるが、それは例外でしかない。

 誰かが100mを走ったとする。青年なら15,6秒で走れるだろう。だがその青年が早く走る練習をするとその効果は出るだろう。

 それはどのようになされるのか。それを説明し、証明できる人はいない。

 言えることは人には自動的に体を変化させるプログラムを自動的に構築できるだろうと想像することだけだ。

 恋人が今何を考えているか分かる。どうして分るのか。理由は説明が付かないが、それは事実だ。

 ストレスはどうして起こるのか。辛いことあるいは解決が困難なことがあるとストレスになる人がいる。どうしてか。脳が何か変化しているのか。

 そのストレスが原因で他の器官も病的になることもある。その機序は?

 一般の人がストレスと感じることもある人には何でもないことのように受け止められる人がいる。どうしてか。

 人には個性がある。だからストレスに対して抵抗力がある人もいると病気になって寝込む人もいる。

 個性はどのようにしてできるのか。コンピューターには個性があるのか。ない。

 皮膚を怪我すると、放置しておいても1週間もすると自然に治ってしまう。

 コンピューターのボディーに重いものをぶつけて壊すと、自然に元通りにはならない。

 人が愛し合い交合すると子孫が生れる。コンピューターはそんなことができるのだろうか。

 所詮コンピューターは人間が作り出したものだ。コンピューターに取って、人が神なのだ。

 人には神がいるのだろうか。精神的な創造物ではないだろうか。

 天気が良い日には郊外を散歩したい気になる。雨が降れば家でテレビを見るか読書をするか、外出したくなくなる。

 コンピューターはそんな感情を持てるだろうか。持てるだろう。だが持つためには人の力がやはり必要だ。

 というコンピューターは所詮道具だ。道具は人が上手く使えば大きい作業をしてくれることがある。

 三脚という作庭用の道具がある。それを上手く使うと何トンもの石を移動させることができる。だが三脚は人が作ったものだ。

 も人が作る。AI同士が交合してAIの子孫を作ることはできない。そして感情という個性的な脳の機能は全くない。

 は食品製造機械と同じだ。過度の期待と恐怖を持つことは無意味である。

酒巻 修平

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