今日は休日、またか

 私は自由業だから休日と平日の区別が付きにくい。日曜日や土曜日は分かるが今は祭日が多すぎるので覚えきれないし、覚えるつもりもない。

 カレンダーを見ると日付のところが赤く塗ってあるので分るだけだ。前からある祭日は子供の日と憲法記念日、勤労感謝の日とかでこれは子供のころからあった。これは分かる。

 カレンダーを捲っていくと6、10、12月だけが祭日がない。昭和天皇の誕生日は昭和の日になり、令和天皇の誕生日が新しく天皇誕生日になった。

 何のためのあるのか分からないのが緑の日、海の日、スポーツの日、山の日だ。ただ天皇が変わって12月23日の天皇誕生日がなくなったのは有難かった。

 クリスマスシーズンで忙しいし、正月も近い。それなのにそんな祭日を作るなんて平成天皇も心の内では迷惑であったに違いない。

 天皇は国民のことを思っていると言われている。それなのに国民に迷惑を掛けるような祭日の制定にはさぞかし心を痛めただろう。

 祭日が来るたびに思うのは中小企業の経営者のことだ。働く人ばかりに注目してそんな祭日をやたらと増やす。

 中小企業に取って迷惑でしかない。誰がこんなことを決めているのだろうか。多分自分だけのことを考えている官僚の誰かがごり押ししたに違いない。

 そんな祭日が多いに関わらず、会社の定時を待たず早く変える曜日も決められた。我が社は小企業だから、そんな制度は守らないし、守る気もない。こんなの守ると中小企業の経営を危うくする。

 では企業で働く人に取って、良いことだろうか。確かに家族と一緒に過ごす時間は増えるだろうし、休息にはなる。

 しかし勤労に対して真剣な気持ちが薄くなることは避けられないだろう。そうすると脳は活性化せず、長い目で見れば働く人の能力は低下するのは間違いない。

 電車に乗るとぼけた顔をした若者。険しい顔の女性。疲れ切った中年。ああ、嫌だ。政府の制度を大会社は守っているだろうが、どこかで埋め合わせをしているのだ。

 企業の経営者は官僚や政治家より実社会においては能力が高い。政府がどのように決めようが、抜け道を探し、裏をかくだろう。だから社員のためにもならない。

 外国からは日本の交通機関に賞賛の声が上がる。だが、片腹痛い。今は5分遅れなど当たり前だが、50年前は5分遅れれば新聞が報道したものだ。

 更に戦前では南満州鉄道は到着時刻を10秒刻みで設定していた。13:32:20とかだ。あんな広い満州であるに関わらず、10秒単位の時刻は守られた。

 そんな必要があると思うのは我々現在人の思想だ。時間を極めて厳密に守るにはそれだけの精神力が必要だ。それを訓練し社会は理路整然と整頓されていた。

 東急電鉄の英語を聞くと、気持ちが悪くなる。あの発音ではアメリカ人には通用しないのではないかと思われるほど酷い。

 アメリカ人など今の日本には吐いて捨てるほどいるのに、そのアメリカ人を使わないで、下手な英語で日本人がアナウンスをする。

 時には電車の走る音でアナウンスが全く聞こえない。不十分な説明で初めて行く場所では相当念入りに確認しないと乗り違えることも多い。

 列車の出発時刻の表示版には時計が設置されていないケースもある。だから携帯を取り出すか、腕時計を見る手間が掛かる。時計の設置などたいした経費が掛かるとは思えないのにその有様。

 この間、小学生の女の子がホームと電車の隙間に落ちた。回りにいた乗客が素早く助けたので事なきを得たが、ホームには駅員がいなかった。

 尋ねるとその時間ホームには駅員は配置していないとのこと。より多く利益を上げるためそうしているのか。危険極まりない。

そう言えば自殺をするために飛び込みをする人が多い。駅員がホームにいなければそんな行為を未然に防ぐこともできないではないか。

全てぼけているからだ。それもこれも祭日を利己主義のため増やした政府官僚にあるのだろうか。山の日も海の日も緑の日も天皇誕生日も必要ない。国民が自信と自覚を持って社会を守るしシステムを作ってもらいたい。

酒巻 修平

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