時代劇  吉沢京子の外反母趾

 私くらいの年の人間は時代劇が好きだ。男は特にそうで夕食の時に見る。家で仕事をしている時には一時仕事を止めて3時くらいから放映される「暴れん坊将軍」を見ることもある。

残念なのは同じものを何回も見させられることで、「長七郎江戸日記」などで5回くらい同じものを放映されたことがある。

テレビも斜陽産業でスポンサーが付かないからか予算がないと見えてこんな事態になる。だが撮影されたのはもう30年くらい前だと思われるので、違うものがもっとある筈だ。

昨日見た「暴れん坊将軍」で奇妙なことがあったので、書いてみたい。どうも意地悪な見方かもしれないが、撮影当時はテレビ産業も華やかだったのでその当時ではいくらでも予算があったと思うのだが。

吉沢京子演じる遊郭の女郎が元侍の客に惚れた。客は剣が達者でその遊郭の用心棒をしていて昼から酒を飲み無為な生活を送っている。だが女郎は首ったけだ。

その用心棒が出身の村を助けようと危険な仕事を引き受け50両もの大金を手に入れる。だが裏切った仲間に毒を盛られて切られ、死んでしまう。

女郎は敵を討とうとその裏切り者を追う。雨の夜だが女郎は裸足だ。その裸足が大写しになる。ところが何と女郎の足が外反母趾で両方の親指が変形しているのだ。

どうしてそんな所を大写しにしたのかは分からない。裸足というのを強調したいのならもう少し遠くから撮れば良かったと思うのだが。

ご存知外反母趾は長くハイヒールを履くとできる足の変形で、江戸時代にはなかった。とてもシリアスな場面なのだが思わず笑ってしまった。

当然時代考証をしているはずがそうでない場面も多い。これは監督の責任かそれとも他の担当者がもう少し気を付けなければならないのか、おかしい場面が多い。

時代劇は虚構の上に成り立っている。見ている人はそれを承知で見ているのだが、真実であるべきところは真実にして欲しい。

「長七郎江戸日記」でも酒を飲むシーンが度々出てくる。里見浩太朗は演技が上手いが残念なことに酒を飲んでいるようには見えない。ただ真似事をしているようでここで白ける。空の猪口を口に当てて傾けるだけなのでそう見えてしまう。せめて水でも入れておけば良いのにと残念だ。

旗本3000石の男が悪漢で長七郎はその男を退治する。そこは良いのだが、庭が極めて狭い。3000石と言えば大身、家は立派なはずだ。そんな狭い庭であるはずがない。

灯篭もいけない。真っ新で苔が付いていないので、張りぼての感じがする。撮影当時はセットを作っていたと思うのだが、もう少しまともな灯篭であって欲しかった。

周りの敷石の配置も全くなっていない。灯篭を囲むように人工の石が配置されていてデザイン性が全くない。敷石は灯篭に向かっているべきなのにどうしてこんなことになるのだろうか。

着ている着物のデザインは素晴らしい。ということはデザインを選ぶ目があったということだ。同じ番組を度々見せられるのでそんなところに目が行くのか、白けさせられることが多い。

最近の着物の着付けの流行を取り入れたのか、素人娘の襟が抜いてある。これは首の後ろを少し開けることで芸者や女郎の着物の着方だ。素人は襟を抜かず前もきっちり合わせて着るものだ。

現在流行の着方がおかしいのを時代劇は模範を示して指摘して欲しいし、我々の年代の人間はそんなことを知っている人もいるだろうに、これでは駄作になってしまう。

言葉は全て江戸時代のものにすると今の人には聞き辛いだろうが、例えば「離婚」とは言わずせめて「離縁」くらいにはして欲しい。

これは脚本家の至らなさかそれとも時代の要請か。でも時代劇ではその程度の言葉を使っても理解してもらえると思うのだが。

どうも意地悪な見方ばかりしてしまったが、時代劇ファンとしては何とも味気ないことが多い。

酒巻 修平

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