どうして近所には必ず変な人がいるのか

これは日本人だけにあることなのか、それともアメリカなどにもある現象だろうか。アメリカではある地域には収入が同等程度の人が住んでいてあまり近所との軋轢はないようだ。

アメリカは拝金主義の国で住んでいる人もそうだから、大きい家に住んでいる人は尊敬されると思うがやはり嫉妬もあるだろうか。

日本ではあまりそんな傾向がない。大きい家や小さい家が混在して建っているので、小さい家に住む人は大きい家の人に嫉妬心を感じる。

これが近所に軋轢をもたらす第一の理由だ。特に同年代の人がそんな隣り合わせになると被害を受けるのが大きい家に住んでいる人のようだ。

逆に大きい家に住んでいる人が気の強い人だとすると小さい家に住んでいる人を馬鹿にする。

仮に小さい家に住んでいてもその住民が裕福な暮らしをしているとそれを非難する。他人がどのような生活をしようが勝手だと考えている人はそのようなことをしないので、割と穏やかな住環境を得られるだろう。

芦屋に行ったことがないので、状況は分からないが、近所全体の家が大きく高級住宅地だとすれば上記のようなことは起こらないかもしれない。

そんな中でも更に大きい家に住んでいる人は小さい家の人に嫉妬されるのか、その辺は外部からは窺い知れない。

大きい家に住んでいてもその家が借家であれば平穏な住環境を得ることができるだろうが、何しろ厄介なことだ。

そんな人たちは普通の人だろう。人には嫉妬の感情があるし、それがなければ向上がないようにも思われる。

だが普通の人でない、やや社会生活ができにくい人が住んでいるとこれまた困る。夜中に大きい音を立てる人もいるだろうし、カーテンなどをしなくて家の中が丸見えということも起こるだろう。

苦情を言おうものならそれから恨まれる日々を過ごさなければならない。もしそんな人が隣に住んでいたらと思うとぞっとする。

カーテンを付けていないと女性は別として男性の住民は上半身裸で室内を歩き回ることもするだろう。そこを通る人は目のやり場に困るが、カーテンを付けないなどその家の勝手だ。だが気持ちが悪い。海外でもこんな考えを持っている人がいるようだが、その人たちはリッチで、山の上の一軒家に住むようにしている。

町内会などは鬱陶しい存在だが、町内会に入っていない人はもっと鬱陶しい。普通は面倒でも回覧板を回すし町内会の存在意義はある程度あるものだ。それをボイコットする人は先ず普通の社会生活をできない人と思われる。

そんな人でも生きていて餓死はしないので、何か収入の元があるはずだが、どうもそんな人は自分の利己的というか特殊な考えを持っていて、それに隣家が外れた行動をすると意地悪をするし的外れなクレームをする傾向がある。

自分の前の道路に長時間違法駐車をする人も迷惑だ。自分の車庫がその先にあるといつも車を移動してもらうように依頼をしなければならない。

その家のインターフォンを押すのも躊躇われるだろうし、大きな声を出すのも憚れる。どうすれば良いのだろうか。そんな悩みを訴える友人がいる。

一番多いケースは挨拶をしても挨拶を返さないことだ。その理由は不明だが、何か考えがあるのだろうか。それともやはり人柄に問題があるのか。

お互いが干渉し合わない住環境を得るには大金が必要だ。そんな資金はなかなか手に入らないので、どうしても近隣とは上手くやって行きたいという人が大半だろう。

どうして常識的な行動ができないのか。あるいは資金を潤沢に持っていて所謂高級住宅地に住んでくれないのか。まったく困ったものだ。

ある人の家の隣には反社会勢力に属する人が住んでいる。幹部であれば近隣との関係を調整できるだろうが、所謂チンピラだと非常に困る。ちょっとしたことで脅かされるし、とにかく相手の言い分ややり方を全て認めなければならない。

覗き見が好きな人、やたら干渉する人、ごみ屋敷、騒音が多い家。枚挙の暇がないほど近所に迷惑を掛ける人が多い。どこに住んでもそんな人はいるだろう。

だから夏目漱石が「草枕」に書いた「智に働けば角が立つ。情に竿させば流される。意地を通せば窮屈だ」といおうようなことは必ず起こる。日本は住み易い国なのか、それとも住み難いのか。

国の近隣も面倒を起こす。韓国、中国など理由は違うが静かに暮らさない。パキスタンとインド。パレスチナとイスラエル。ヨーロッパもそうだったが、今はEUとして仲良くしようという気運が生れたが、やはり駄目だった。イギリスが嫌だと言っている。ああ、人間や何故仲良くできないの。

酒巻 修平

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