忘れ得ぬ人

会社を経営しているとどうしても人を雇わなければならない。面接ではその人の能力などを判定することは難しく、雇ったことを後悔するような人も入社してくるのは一般的な現象だ。

小さな会社ではそんな人を雇用し続けると会社が立ち行かなくなるのは目に見えている。そんな時は相手の生活や感情を考えながら辞めてもらうこともしなければならない。

「私は会社の商品には興味がないので、覚えません」とか交通費を前払いして欲しいと言ってそのまま出社しない人とか会社を困らせる人も多い。

そんな人を馘首するのは気が引けないが、一所懸命努力しても仕事に付いていけない人には気の毒だという感情も芽生える。

東京大学法学部を卒業した人がいた。その人は何度も外交官試験を受験して失敗し、年齢制限で外交官にはなれなかった。その人の英語に関する能力はまあ合格点だったが社会との交わりが全くできない人だった。

その人に関しては他の社員が「あの人がいると仕事の邪魔になる」などと言われ、嫌々馘首した。

その人も今でも覚えているくらいだから「忘れ得ぬ人」であった。馘首して一か月くらい経ったある日、転職先の会社の雇用担当者だと名乗る人から電話があって、どうして馘首したのかと問い合わせがあった。

私は無難に「能力はあるが、この会社には不向きだと思った」と馘首した事情を話した。その担当者はすぐに電話を切った。

後で馘首した本人から電話があり、「あれは友達だ。止せというのに電話を掛けた」と言われた。多分会社が友人を馘首したのを立腹したのだと思った。

馘首した本人とは面接に不利にならないよう助力するのでいつでも相談して欲しいと約束してあった。本人はその後3年に亘って電話で助力を求めたがとうとうまともな会社には就職できなかったようだ。

もちろん私の方も約束したので助力をする意思はあったが、社会的常識から考えてそんな長期間私方のことを考慮せず助力を求めて来たのは異常だと周りから言われた。

だが飲むと面白い人で、酒場で「鉄道唱歌」の全部を暗記していて歌ったり、忠臣蔵の「刃傷松の廊下」を30分も語ったり、酒場では人気者だった。回りはその人に辟易しているが、私には面白い人だった。

今はもう60歳を越えているだろう。どうしているのか気になる。我が社で採用されるまで「100通近くも履歴書を書いた。入社を許可された時は夢だと思った」と入社後話したことがある。彼にとって社会は受け入れてくれない存在だったのだろう。

コンピューターを使いこなす人がいた。だが当時我が社は小さ過ぎてコンピューターを使う頻度が少なかった。

この人も我が社に取って生産性が全く上がらない人で、その人には「あなたは商業に向いていない」と言って辞めてもらった。

だがその後NTTかどこか大手の会社に技術者として再就職ができたようで、一通の手紙をもらった。

曰く「あなたは私の恩人です。私の能力を見極めて下さり、その能力を生かせる会社に就職をしました。有難うございました」とあった。

その手紙は今でも置いてあり、私の宝の一つだ。彼が言うように私が本当に彼の能力を見極めていたか疑問で、その点私の方が彼より劣っていたと今でも反省している。

今彼がいたら充分仕事をしてもらえるし、社会がこのようにコンピューター時代になるとは予想していず、私の能力、人柄が二重に劣っていたと考えさせられた。

小さい会社に取って一人一人の社員は利益を生む存在だが、また経費を無駄に費消する人でもある。

ここに悲喜こもごもな現象が起こり、「忘れ得ぬ人びと」が私の脳の中に残る。もちろん悪い意味でも「忘れ得ぬ人びと」がいるのを付け加えなければならないが、そんな後ろ向きなことは早く「忘れ得る人々」にしてしまいたい。

酒巻 修平

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