人のサイズが猫ほどだったら社会はどう変わるか

 今では日本人も欧米の人と変わらないほど背が高くなった。見た目は良くなったし、安倍氏も国際会議で他国の首脳と並んでも見劣りしない。

 これは嬉しいことだろうか。人はだんだん巨大化していく傾向にあるようだ。理由は分からない。大きなゴキブリを人工的に掛け合わせてゴキブリをだんだん大きくしていく実験では、ある程度の大きさになったら、巨大化がストップするかその群は死に絶えるという現象が起こる。

 だが人は巨大化しても死に絶えそうにない。ゴキブリでの実験は人工的に大きくすることだから、自然に大きくなることとは違うのではないか。

 人が大きくなるのは進化かあるいは単なる小さな変化なのか今はまだ結論を出す段階にきていない。

 人の巨大化は北欧から始まったという分析がある。だがそれではどうして北欧人の子孫でない日本人まで大きくなるのか。生物全体から見ても不思議な現象だ。

 もしこのまま巨大化が進めば人はやがて恐竜のようなサイズになるのではないか。その可能性を否定することはできるのだろうか。

 もしそうなれば人の社会は大きな打撃を受ける。食料は足りなくなるだろうし、その施策を施しても色々な分野で人が生活するには支障が大きい。

 こんなことはあってはならないが、多少人より背が高いと何だか優越感を持てるし、現実にモデルをする人や芸能人には有利である。

 進化の原因はまだ解明できていないが、もし願望が進化の原因であれば人の巨大化は進むだろう。

 一転して人が猫ほどのサイズになればどうだろうか。今住んでいる家はまるで城だ。猫の体重が3kgとすると単純計算では人の20分の一である。

 そうすると30坪の家に住んでいる人は30x20で、600坪の家に住んでいるのと同じ感覚になるだろう。勿論天井の高さも倍程度高くなる。すると3階までの吹き抜けの感覚があるだろう。

 人が巨大化するのは人全体に取ってメリットはない。むしろ矮小化したほうが何かと便利だ。

 食料も20分の1で済むし、現在の資源、国土すべて20倍の多さ、大きさになる。

 この状態を何かに利用できないだろうか。もし住宅購入費用が20分のになれば如何に楽か。3000万円の家は150万円、4億の豪邸が2,000万円。買うことができるひとが多くなる。

 だが現実には人のサイズは男で170cmくらいか。視点を変えると、今、人口が減少傾向にあると思われる。将来逆転現象が起きない限り、この傾向は続く。

 住宅価格は需要の減少で下がるだろう。今家を持っている人が売る時は予定していた金額を得ることができないが、家は売ることを前提に購入するものではない。

 投資としてはあるだろうが、そんな人は先を読んで家を投資対象として見なくなる。

 これは家に関してはデフレだ。政府はデフレから脱却したいと考えている。その意向には裏があるだろう。年金の支出を実質上減らしたいとか。だがそんなことをするより経済を活性化した方が良いだろう。

 物の値段は据え置きで(これはデフレだ)、収入だけが増えていく社会は人に安心感を与える。

 食料の増産化を図れば良いではないか。生産者の単価は下がるがそれを量で補えば良い。住宅建設を推し進めて一戸500万円くらいで買うことができる住宅を建設できないものか。

 物の生産を増加するとこのようなことが各方面で起こる。白菜の生産を倍に増やすための土地は確保できないだろうか。いやそんなことはない。

 そうなれば白菜を輸出することができる。生産者は収入を増やすこともできる。要は収入を現状のまま留めて物価が下落すれば良いのではないか。そんな現象を政府は嫌っている。

 世界が激動の時代に入ってきた。政府関係者、特にアメリカは少し違う視点でものを考えれば良い。金儲けだけを考えず、物価下落国際会議を創設するとか、方法はいくらでもある。

 私は猫が羨ましい。毎日ほんの少し食糧を食べて毎日寝て暮らす。時々起きては部屋を走り回る。猫に取ってここは広大な運動場だ。

酒巻 修平

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