作曲家の脳はどうなっているの?

脳が情報を処理する方法には主に三つあると考えている。一つは記憶、一つは思考、もう一つは創造である。

記憶は情報の取得、蓄積であり、思考は情報を利用して新たな何かを作ることだ。だが創造が分からない。

あるデザイナーに訊いたことがある。その人は創造を得意としている人で、斬新なデザインを制作するとして業界で知られた人だ。

その人曰く創造にも元の情報があるというのだ。それはそうかもしれない。昔から洋風和風の別なくデザインは豊富にあり、その一部を使用したり全部を新しいものに変えたりすることによって新しいデザインも生まれる。

では作曲家はどうだろうか。これこそ創造以外の何ものでもない新しいメロディーを生み出す。

ビゼーの「真珠とり」やバッハの有名な「アリア」(G線上のアリアとして有名なもの)などそれらに先行するメロディーがあるとは思えないのだ。

どうしてあのような美しいメロディーが生れるのか。彼らはどのようにあのメロディーを思い付いたのか、どうしても分からない。

過去にタイムスリップして聞きたいものだがそれも叶わない。だがそんなことをしなくても現在の作曲家もいるのだが、そんな人は私を相手にしてくれないだろう。

今はコンピューター作曲という手法があるので、元歌があるので確かに上記のデザイナーが言った通り元になる情報があるのだろう。だがその元歌はどのように作曲されたのかは謎だ。

創造は果たして思考の高度な作用だろうかと考えてことがあったが、そんな私の考えが間違っていることを知った。

法事で親戚が集まっているときに横に座った男性と話しをすることがあった。彼の息子さんは何か変わった種類の人らしい。

今は高校生だそうだが、小学4,5年の時にこんな事件があったというのだ。その子供を仮に「進」としておこう。

進くんはお父さんとお母さんの誕生日の曜日を当てるのだそうだ。何かの折に去年の運動会は確か日曜日ではなかったなどと話していると「違うよ。水曜日だよ」と答えたのだそうだ。

もちろん進くんが曜日を覚えていたとも考えられるがどうもそうではないらしい。そこでお父さんが質問した。自分の生年月日は昭和⊛年⊛月⊛日だが、それは何曜日かと聞いた。

進くんは即座に曜日を答え、調べた結果当っていたという訳だ。でもこれはまぐれかもしれない。そこで次にお母さんの誕生日の曜日を尋ねたところそれも正解したというのだ。

そんなことがあって何年か経ってお父さんは進くんに妹の誕生日を聞いたがそれも正解。そこでお父さんは「曜日というのは7日ごとに同じのが来るね」と進くんに言い、進くんは「そうか。そうだよね」と何か考えた。

でもそれから進くんは誕生日から曜日を答える能力を失ってしまった。これはどういうことだろうか。進くんは考えて答えを出したのではなかったのは確かだ。

考えると創造は消えてしまうのだろうか。

創造とはそういうものかどうか分からないが、脳にはそんな情報とは関係のない処理の仕方があるのだと私は今考えている。我々凡人には分かり得ない

そんな脳の使い方をする人がいて、それを人は天才と言うのだろうか。

進くんにはエピソードが多い。学校で英語の試験の点数はいつも一桁台だったのだが、ある時を境にいつも90点以上を取るようになった。

当然先生はびっくりして試験でカンニングをしているのではないかと密かに見ていたが、そんな様子はない。

先生がお父さんと話してどうしてそんなに点数が良くなったのか聞いた。でもお父さんも分からないので進くんに聞いた。

答えはやはり以外なことで「If ・・・」という構文を習った途端、英語が理解できるようになったと進くんが答えたのだ。

幾何は台形の答えの出し方を習った途端にいつも100点。だが国語、社会その他主として記憶を問うような試験は一桁台の成績。

彼は今高校の特待生だが成績が良いのは数学だけだ。英語はまた分からなくなったらしい。

彼は自分が曜日を当てることができたのをとても嫌がっている。どうしてかそれもお父さんには分からない。

酒巻 修平

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