興味深い人

私の会社の事務所は大企業が存在する地域から少し離れたところに位置している。食堂などあるわけがないから当然昼食は外で食べる。

食べるところは限られているので、何軒かの店を順に回ったりするが、そのうち夜も行きたくなる店があるものだ。

その店は夜和風の居酒屋になるのだが、そんなに安い店でもないし、かといって高いわけでもない。我々に取って行きやすい店なのだ。

店主はアルバイトの店員を雇い一人で切り盛りしている。不思議に大企業の役職の人が良く顔を見せる。いわゆる落ち着く店なのだ。

もう何十年も店をやっていて店主は60歳くらいか、暇な時には席に来て一緒に飲むこともする。話しを聞くのが上手で大企業の人は日頃のストレスを晴らしにやってくる。中には副社長くらいの肩書の人もいる。

話しはその店主のことではない。こう書くと国木田独歩の「忘れえぬ人々」を思い出すのだが、ここに新しい登場人物がいる。

その人は少し知能が遅れていて家業のお米屋さんの配達掛かりをやっている。今は少なくなった運搬用自転車で配達するのだが坂道などもすいすい上がっていく。

配達途中で会うと片手を上げて挨拶するのだがその笑顔がとても良い。お兄さんがそのお米屋さんを経営していて奥さんの良子さんがいるが、苦手らしい。

良子さんは夫の弟であるそのお米屋さんのことを心配しているがお米屋さんに取ってはそれが小言に聞こえるらしいのだ。

時々良子さんはお米屋さんにお小遣いを呉れる。そうするとお米屋さんは半分をその居酒屋で使い半分は競馬を買うのだ。

お米屋さんはその居酒屋のマスコット的な存在で店に飲みにくると「今日は天気が良いね」とか「雨になるらしい」とか必ず天気のことを言いながら入ってくる。先客は5時か6時に会社が終わってからくるがそのお米屋さんの仕事が終わるのは7時過ぎになるようで、先客がいてそのように挨拶とも付かないことを言うのだ。

お米屋さんは競馬が得意らしく相客たちに馬券を買うことを勧めるが当たった試しがない。私も付き合いで一回1000円買うのだが配当金を手にしたことがない。

その店はいわゆるチェーン店ではないので、まるでサーファーが集まるサーフィンショップのようで客同士仲が良い。私は参加しないが定期的にゴルフ大会をやったり一緒に旅行に行くことなどもやっている。

お米屋さんは良子さんに反対されるので旅行などには行けない。参加する費用もない。

こんな旧式の店を若い人は敬遠すると思いきや結構若い人も来る。大抵はカップルだが何が面白いのか常連になる人たちもいる。

お米屋さんは止せば良いのにそんなカップルにも話しかけ笑わせる。我々はお米屋さんの家庭事情は全て知っている。お米屋さんが全部話してしまうのだ。

ある時店主が腹痛を起こした。でも店は休めない。客が心配するのを脇目にお米屋さんはプリンなどを毎日届ける。2,3日で直るとお米屋さんの飲み代は只になる。それを見越しているのではないらしく、本当に善良で親切なのだ。

お米屋さんは風邪を引いたことがない。病気は全くしないのは頭脳構造と関係があるのか皆不思議に思っている。でも一度怪我をして入院したことがあった。

自転車で無理にどこか危険なところを走って転び骨折したのだ。退院すると皆が拍手で迎えたが本人には何が起こったのか分からない。そして病院でのエピソードや武勇伝を話して聞かせてくれた。

お米屋さんは80歳くらいだと聞いたことがあるがそんな年には見えない。元気溌剌としていつも運搬車でお米を配達している。信号など守らない。警官も苦笑いするだけだ。

そんな店がコロナのため閉店することになった。店主はこれからどうして食べていくか分からないが、我々に取ってはお米屋さんに会えなくなることが殊の外寂しい。

酒巻 修平

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