「美しい」を丁寧に表現するとどうなる

 美しいという言葉は文法的には形容詞という。大概の人はこの形容詞を丁寧に言う時には「美しいです」と単純に「です」を後ろに付ける。

 これは日本語の文法としては誤りである。だが「綺麗」という言葉の後ろに「です」を付けるのは正しい。

 それは「綺麗」が形容詞ではないからだ。「です」を付けるのが正しいかどうかは「です」の代わりに「だ」を付けて成り立つかどうかを判定すれば良い。

 「美しいだ」というと昔の田舎の言葉のようで、笑われてしまうかも知れない。だが「綺麗だ」はおかしくない。

 すると正しく形容詞を丁寧に言うにはどうすれば良いのだろうか。正式には「美しゅうございます」である。

 しかしこれでは仰々し過ぎて、使うのに躊躇してしまう。我々が若いころはこのように表現していた令嬢がいたが、いつの間にか姿を消してしまった。

 ではどうすれば良いのか。目上の人に「あなたの奥様は美しい」と言うと失礼な感じがする。「お美しい」は良いだろうが、では「遠い」を丁寧に言うにはどのように表現したら良いのか。

 「お遠い」はどう聞いてもおかしい。どうも「お」を前につけるのは人に関することだけに通用するように思える。

 行摺りの人に駅まで遠いのかという意味のことを尋ねられた時、若者は「遠いね」とか全く敬語を使わない人がいるがこれは論外だ。

 日本では年の差が関係なく、初めて会う人には敬語を使うものだ。だから「遠いね」などと教えると道を尋ねた人はあまり良い気がしないこともあるだろう。その言い方が不躾だからだ。

 ではどうすれば良いのか。私も色々と工夫を凝らしたが、どうも適当な言い回し方を発見できないままだ。

 「遠いか」と聞かれれば、「まだだいぶありますよ」とか「あと10分くらいでしょうか」などと胡麻化して返答する。

 分析してみると「ます」は名詞、動詞、形容動詞、に付ける丁寧語で、形容詞を丁寧にいう単語ではないと分かる。

 仕方がないから「美しい」の後に名詞を付けて表現すれば良い。「奥様は美しい方ですね」くらいが適当だろうか。

 また「奥様の美しさは群を抜いています」でも良いだろう。これは形容詞を名詞化したものだ。

 「恥ずかしい」もそうだ。「恥ずかしいわ」とか「恥ずかしいね」は友達間では使うだろうが、これは敬語ではない。目上の人には使えない。

 時代劇を見る人は少なくなったが、そんな言葉を使う場面ではやはり「恥ずかしゅうございます」ときっちりと表現している。

 でも明治になって武家制度がなくなるとこの類の表現は重苦しくなったのか、だんだん使われなくなった。

 だけど目上の人に対しては何か丁寧な言い回しをしなければならない。現代人ははたと困ることになる。

 明治以降の社会が形容詞に付ける簡易的な丁寧語の発明をしなかったのだろう。これも文化の衰退か、あるいは変化だろうか。

 形容詞は使うのが難しい言葉だ。新聞でも二つの形容詞の置く場所などの処理が適正ではなく、どう解釈したら良いのか疑問に思える文章が出て来る。

 美しい桜と風景と表現すると桜が美しいのか、風景も美しいのか二つに解釈できてしまう。「風景と美しい桜」と言えば美しいのは桜だけになるのだが、案外この点は等閑にされている。

 朝日新聞はその手の適正さを欠く文章が多くて、何回か読んで前後の関係から判断しなければならないことが多かった。すなわち文章が下手なのだ。これが理由で朝日を止め、読売にした。読売は1,面が駄目なことが多いが、後は朝日よりよっぽどましだ。

酒巻 修平

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