いじめ対策で必要なこと

「いじめSNS相談 全国で」こんなタイトルの記事が何日か前の読売新聞に載った。

一瞬政府もいじめ対策に本格的に取り組むのだなと感想を持ったがそれは甘かった。

誰がその責任者かは知らない。だがこの責任者は一番大切な情報というのが末端にあるという当たり前なことを知らないのかそれとも人任せなのかどっちからだと推論してしまった。

いじめが悲惨な結果に終わるのはいじめが報告されないからだ。子供の気持ちや精神状態を考えると子供は親にもあるいは先生にも言うことができないのだ。言う元気がない、言うと怖い。

そんな精神状態を何とかしなければいじめの悲惨な状態は回避されない。どうせ文部科学省かあるいは選挙の時の票の獲得数を増やしたい議員の発案であろうと思われる。

いじめ自体に関心を持ったのはとても良いことだ。だがいじめは発覚しないと誰も動けない。先生はある程度のことは分かっていても無難に動かない。

それで切羽詰まったこどもは自殺という最終手段に訴えるのだ。私の子供も小さいころいじめにあった。だが子供からそれを一切知らされていなかった。

発覚したいじめに対してSNSを通じて相談することは悪くないことだが、それが大きな効果を生まないことは分かっているはずだ。

そんな相談をするくらいなら何とかなる。それが相談できる精神状態にないから子供は最終手段に訴えるのだ。

これは菅新総理のデジタル庁の一役割と考えていないだろうか。相談はデジタルでなくても相談する気持ちがあれば色んな手段が講じられる。

どうしていじめが発生するのかということは問題の解決に大切だ。いじめをする子供のその時の精神状態はゴルフで言えばブービー賞的である。その下にはもう一人しかいない。

そんな精神状態は成長すると変化する。だがその時はそういう精神状態だったのだ。いじめを受ける方は下の一人だ。ある力士が子供の時にいじめを受けたと告白したようにいじめを受けるのは体力と関係が薄い。

いじめをする方もいじめを受ける方もその時の精神状態は弱いのだ。それを阻止しなければ子いじめを受けた子供は最終手段に訴えることもやるだろう。

自殺をする人は周りのことが分からなくなって、考えることは自殺をすることだけそうだ。そうであれば子供を自殺する精神状態にならしてはいけないのだ。

それをこの政策を打ち出した責任者は考えない。先ずはいじめをする子を救済していじめを止めさせなければならない。これは叱ったり罰を与えることでは達成できない。あくまで救済なのだ。

私の子供の場合も相手を叱らなかった。その代わり家に遊びにおいでと誘ってあげたのだ。その子のケースは親に構われなくなったのが理由で、いじめも深刻ではなかったので、助かったのかもしれない。

いじめをする子を救済できるといじめはなくなり、いじめを受けた子も助かる。そのいじめをSNSで発信して相談するというのは愚策のように思えてならない。

多分発案者はいじめをしたこともなければいじめを受けたこともないのだろう。

我々が子供のころいじめはほとんどなかった。食糧の調達に誰もが忙しくて親のそんな精神状態を見た子供はいじめなどしない。

だからいじめと裕福な生活はある程度関係がある。いじめをする子供は周りが裕福で自分だけが疎外されていると感じるのだろうか。

種々の理由でいじめに走るのだろうが、いじめをする子の精神状態は一時的に歪んでいるのだ。それを永久的にして犯罪者を育てあげるかそれとも反省して素晴らしい人に成長していくように導くかは大人の役目だ。

そんな大人も今は子供っぽくなった。どうすれば良いのか。社会の道徳レベルを上がるには学校でも家庭でも道徳心を養わせる必要がある。

だが政府は消費税に名を借りた売上税を創設し、国民には許さないギャンブルを自分たちはやる。色々と政府や官僚は嘘を付きすぎる。あるいは自分勝手だ。そんなことを治すのがいじめを無くす早道かもしれない。

酒巻 修平

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