経営 - 商品仕入れ

経営は人、物、金のどれが欠けても成り立たないと言われていますし、その通りでしょう。最近はそれに加えて会社を変化に合わせて調整していく経営能力も必要となってきました。

それぞれに肝心なポイントがあるし、いかにそれを巧妙に成し遂げるか、その辺りの手腕が求められます。

今日はその中の仕入れに関して私が今までやってきたことで、成功した例や失敗した例を引き合いに出して考察してみようと思っています。

国内仕入れに関しては日本の経営風土に準じた考え方をしなければならないし、輸入をするには相手国のことを良く知ることが大切でしょう。

国内仕入れも難しい点がありますが、これに付いては各経営者の方が経験を生かして取り組んでおられるし、日本に住んでいれば誰もが日本人の考え方を理解できるので、難しい点は少ないと思われます。

ここでは輸入仕入れに関してお話しを致します。先ずアメリカ。この国の歴史はまだ240年しかありません。日本と比較して極めて短い歴史は経営に関する人の考え方に大きな特徴もたらします。

日本でも創業間もない企業はそれに見合う努力をするので、それがその会社に特徴となって現れます。それで良く似た考え方をアメリカ人は取るものです。

彼らはこちらの会社の規模をそう重要視していません。大きな会社でも小さな会社でも商品を適正に買ってくれ、代金を正当に支払ってくれれば、商売相手として変わりはないと考えるようです。

私が初めてアメリカから輸入した商品は事故車の車体を補修用するパテ(英語ではbody fillerと言います)でした。今でも思い出します。それは1980年ころでした。

ある情報によって商品のメーカー名が分かっていました。そこに連絡を取ることにしたのです。当時まだコンピューターのメールなど全くない時代。テレックスという機械で連絡を取るので今から考えると極めて通信効率が悪かったのを覚えています。

ですがアメリカもそんな状態。連絡は取れましたが、相手には日本に総代理店があるようです。それでは商品は仕入れできません。

テレックスでは用が足りないと考えた私は電話で話すことにしました。相手は初めての会社からの電話ですが、あまり驚きはしませんでした。話しは心易く聞いてくれました。

電話は担当者から責任者に渡ります。これが切っ掛けでその責任者とは長く、長く付き合いました。

さてその方は日本に代理店があるから申し訳ないがその商品は売れないとテレックスでの通信と同じことを繰り返します。でも諦めません。私はそれではあんたのところで製造している他の商品を紹介して欲しいと持ちかけました。

その人の名前は仮にジェームス・ジョンソンとしておきましょう。ジェームスはそこで躊躇します。でも会社はいくらでも商品を売りたいはずです。ましてアメリカの市場を大きく日本は小さいので日本の販売数量は知れています。

そこが私の付け目でした。相手があまり躊躇しているので、話しを逸らし、ところでもし私が買うなら仕入れ値はいくらになるか尋ねました。これにはジェームスは答えて確か10ドルとか言いました。

一ケース4缶入りなので50ケースだと10x4x50=2000ドルです。それから私は相手の銀行口座の情報を聞き(相手も売りたい下心があったのでしょう)、そこで私は電話を切って(電話代はすごく高かった)、考えておいて欲しいと言い残したのです。

電話は深夜にしたので、それから寝て朝になると市場価格を調べました。卸売り価格は確か5,6000円くらいでした。経費を計算すると10ドルx1.2(海上輸送+通関手数料など)x208円(当時の換算レート)=2496円で充分利益が出ます。

それから私がやったことは送金することでした。2000ドルは当時の我が社に取っては大金です。相手が受け取ったお金を返してくれなかったり、何か行き違いがあって返金されない事態は充分考えられます。

これは大きなリスクです。2,3日待っていると相手から電話が掛かってきて(アメリカからの通話料金は安い)「お金を送られたがまだ売る決断をしていない」と言うのです。当たり前ですね。でも私は「It’s done」と言ってやりました。

相手は戸惑いましたが、結局仕入れに成功し、私はその商品で大きな利益を上げました。ただ間違いは相手の工場から港までの運賃(これをinland freightと言います)を計算していなかったことです。でも大体2,3%。利益は確保できます。

相手は私のような日本人とあまり話したことはないと思われます。今まで取引した日本人は穏やかで礼節に富んだ人が多かったでしょう。私には相当大きなインパクトを与えられたと思います。

そんな取引が何度か続いて、相手は一度アメリカに来ないともう取引はしないと脅かしました。これは実は脅かしではないと判断しましたが、とりあえずアメリカに渡航することにしました。

空港に着くと相手は迎えに来ています。(必ず来てくれます。これが通常なのです)そして相手の会社へ行きました。大きな会社で我が社は従業員が3人。

しかしそんな私の会社のことなど話題に出ず、想像した通り、工場を案内してくれ、夕食をご馳走になりました。

そのように取引は進んで行き、今度は相手が我が社に来ることになったのです。これはちょっと嫌でした。というのも事務所は5坪ほど、従業員はたったの3人です。

ですが仕方ありません。空港に迎えに行き、ジェームズを会社に案内しました。会社に着くとジェームズは「Oh,tiny office」と言って笑いましたが、それだけで、私は胸を撫で下ろしたものです。

夕食は天婦羅をご馳走しました。京風のものでとても美味しかったのを覚えています。ジェームズはこんな美味しい食べ物が世界に存在するのかと大げさです。アメリカ人ぽいですね。でもそうして友好関係は結ばれていきました。

それからというもの、アメリカに行っては相手の事務所と電話を使い、アメリカ国内の種々のメーカーと連絡をし合うようになりました。面白い会社も時々あり、私はアメリカ人が好きになりました。

以下明日

酒巻 修平

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