今後発展する事業

 

次に上げるのは私の個人的な見解と分析結果である。もし分析が正しいと考える人がいれば何かの参考になるだろう。

1. 運送業

書類などの中身をデジタル的にどこかに送付するとそれはプリントアウトすることができる。何故なら書類を構成する文字がデジタル的に分解して再結合できるからだ。

但し書類は最初のものとは違う。あくまでコピーであるから、使われているインクや書体も変わっている可能性が高いのだ。

この考えを拡大すると何故運送業が今後発展するか良く分かる。物は工場で生産され、それを分解再加工することができないからだ。

もちろん部品単位に分解して運ぶことができるが、部品はやはり運ばなければならない。書類を再結合、加工する際に使用するインクの粒子を選択する人はいないし、インクが変わっても何ら支障を来さない。だが物は別だ。

1990年ころダイヤモンドビック社で「21世紀にも生き延びることができる業種」というテーマで話し合われ、運送業がその候補に上った。それが現在見る状態である。

これからしばらくはますます需要が高まるだろうが、人々の間で購入したいものが無くなるのは当然で、その時以降は衰退するだろう。これはどの業種でも同様で、いずれ社会からは買い替え需要しか存在し得なくなる時期がくる。おそろしい。

2. スポーツ業界

テレビから大人に取って興味のある番組が少なくなる中でスポーツは廃れないだろう。もっと多くのスポーツイベントが開催され参加する人、観戦する人の数は増加すると見られる。

タレントやアナウンサー、司会者の総体的な質が低下する中、スポーツ選手は賢明に努力し、競うだろう。競うということは大切なことで他の選手に後れを取ることはすなわち人気が落ちるということと同義語である。

だから面白い。私はマラソンを見るのが大好きだ。その時の天候、気候などの条件に加えて選手の体調などレースを左右する条件が多い。その中で勝利するにはその時の選手の体調を万全にしなければならないが、その前には多大の努力が必要だ。今見るレースはもっと以前から始まっていたのだ。

だが全てのスポーツが将来も盛んであるかどうかは疑問である。例えば相撲。協会の運営は劣悪で、昔のような優秀な力士は出にくい。怪我、巡業の多さ、引退後も過剰に太った身体、いじめ、八百長、十両に上がらないと収入が得られないこと、退職後の職業がないこと、など数えればきりがないくらい大相撲協会の幹部の無能さ、やる気のなさが目に付く。

大学で相撲を取っていた力士はまず横綱になれない。そういう意味では相撲の技術の高さは今後も継承していって欲しいが、技術は廃るばかりだ。肉弾相打つという相撲の取り方は怪我に繋がる。それを承知で協会の幹部は対策を講じていない。前回の新弟子候補はたったの一人。先が思いやられる。

相撲以外にも協会の幹部の人柄や能力の低さが目立つ。スポーツ業界が今後発展するにはそんな悪習を絶つべきだ。

3. 医療

人の関心は今後ますます自分の体に向かうだろう。それに従って医師に対する需要は増加する。先端医療が望まれ医療関係の事業はそちらに向かう傾向が強い。

だが医師になるには記憶の多さを問うテストに合格しなければならない。大学の入学試験がその関門となる。

だから医師は思考という習慣を持たない。そして自分たちは選良だと意識が強く、患者のためにある医師であるはずなのに、医師のための患者という悪癖が拭いされない。

医療過誤は後を絶たず、故意に患者を病気にしてしまうケースも多く見られる。これから医師の数は増加する。監督官庁は悪徳な医師の免許を剥奪すべきであるが、それはなされていない。

患者は良い医師を選択しなければならないが、それは極めて困難な作業だ。良い医師を紹介するビジネスなども考えても良いのではないか。

医学は症状を軽減する学問だ。症状は病気の結果だ。だから病気の発生原因とその対策を考えなければならないが、そんな作業が等閑になるケースが多い。人の体の作業の機序はほとんど解明されていない。

特に脳がどのように働くか世界中の誰も知らない。これが医療を難しくする理由であるが、それ故医療の存在期間はかなり長いだろう。

ただ簡単な病気に関しては診断ロボットなどが普及すると考えられる。ロボットは平均的な医師より信頼できそうだ。

4. ゲーム

人の脳は極端な発達した。他の動物のように生を保ち、生殖だけを生きる目的にしている生物とは違い、脳を活用したいのだ。

火を起こし、家を建て、毛皮以外の衣服を考案し、農業を初め、芸術をする。そんなことは人以外にできる動物はいない。

だが少ない金で頭脳を使う遊びは少ない。上述のようにテレビは駄目だし、ギャンブルは禁止されている。酒は健康を害することもある。スポーツは頭ではなく肉体を利用した活動だ。

脳は使いたいが身体を使うのは疲れる。そんな怠惰な人に持ってこいのアイテムがゲームだ。コンピューターゲーム、数独、クイズ、色々あるし、今後も発明されるだろう。

だが人の頭にも制限がある。ゲームの種類も音楽同様、無限にあるわけではない。いずれ新しい発明は終息するだろう。その時、この業界は衰退に向かう。

人は年を取るし、また生まれてくる。次々を新しい人がゲームに参加するだろうが、人口減少がその邪魔建てをする。ま、30年くらいが寿命か。

5.大きな家の販売

経済はバブルで成り立つ。人が生きていくには小さな寝床、最低の食糧、衣服くらいしか必要でない。

それがもっと上質な生活がしたい。もっと一杯食べたいと考え、それが生産、需要に繋がった。稲作が始まったのはこのような欲望を満たすためだっただろうし、洞窟を出て木などで使った家に住むようになった。

ペストがヨーロッパで極めて多くの死者が出し労働力が不足したことにより産業、農業革命が起こされ、大量生産大量消費が始まった。このころの人は好景気に支えられ豊かな生活を満喫したと想像できる。

今日本人が欲しいものは何だろうか。主婦の労働を楽にした家電は行き渡ったし、通信は普及した。買い物はコンピューターを通じてできるし、ほとんど誰もが大学に進学できる。

さて欲しいものは何だろうか。小さいものはあるだろうが、大きくて欲しいものは家くらいではないだろうか。

だがほとんどの人が住む家を所有している。中には主義や年の関係で家を所有しない人がいるだろうが、それも無くなるだろう。

だが人は自分が住んでいる家に満足していない。日当たりが悪い、狭い、交通の便が悪い。

誰だったか大臣がこれからの日本人の欲しいものは大きな家だと発言した。至言である。自分の家も大きい、隣近所もそうだ。そうすると住民の一人ひとりが自分の好きなだけ空間を占有でき、専用の遊戯室さえ作れる。日当たりも良いだろう。

だがそんな計画は今ない。もしトヨタが思い切ってそんな計画を打ち出したら、人は歓迎するだろう。

もちろん交通の便についても解消しなければならないが、人は確実に大きな家に住みたい。アメリカでは西海岸近くでも大きな家が1000万円くらいで手に入れることができる地域は沢山ある。

日本は国土が狭いからそんなことは難しいが、大会社が地方に本社を持ち、社員が大きな家に住めるように計らえば、多くの人が集まるだろう。

以下次項

酒巻 修平

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