及川幸久 銀行は資産と担保がないと貸付をしない

 この人は幸福実現党に所属するユーチューバーの一人である。出自は前に何か言っていたが忘れた。

 経済問題をしばしば話題に出し、なかなかユニークな視点で経済のマクロ問題を語るので時々見ている。

 将来の予想もするが、ま、当たらないだろう。あるいは当たることもあるだろうが、当たるも八卦当たらぬも八卦レベルだと思う。

 この人だけではなく、経済学者、評論家、証券マン、そのた他経済に関するプロという人には将来を予想するデータが欠落しているからだ。

 欠落しているデータというのが人の脳から発信される精神である。株を例に取ると株はその価格を決定するデータだけをこの一連の人たちは注目し、分析要素とするからだ。

 もし何かの理由で株式売買をしている人の多くがコロナはもう収束に向かったと考えると日経平均は一挙に上昇に向かうのだ。

 そこには理論、理屈はなく、ただ人がそう思うかどうかだけが決定する要素である。中国の周やアメリカのトランプが言っても人は信じないだろうが、もし神という存在があり、コロナは4月の半ばに収束すると言えば諸経済指数は大幅な上昇を始める。

 もちろん人が経済的に信じる神などいるはずがないので、そんな単純ではないが、要は株が上下するのは人の精神に起因することは間違いない。

 株価が上昇すると人が考えるには具体的な情報が必要だろうが、それは単なる切っ掛けに過ぎない。

 さてこの及川氏は銀行という金融機関は資本と担保がなければ金を貸さないと称する。氏が言いたいことは金融機関が将来ではなく過去にのみ焦点を当てて貸付を行うかどうかということだ。

 それは昔の大蔵省今は財務省の金融庁の指導によるもので、銀行はその指導に反する行動を取れないと考えている。

 私は両者が話し合いをする場にいなかったので、金融庁の指導がどのようなものかは知らないし、銀行が氏の言うように全ての貸付に対してそのような指導に従っているかどうか分からない。

 だが卑近な例では資産がなくても担保がなくてもバブル期に銀行は企業に過剰なほどの資金の貸し付けを行った。当時の大蔵省がやはり担保や資産がなければ資金の貸し付けを行ってはならないと言っていたのなら、銀行があのような過剰な貸付を行わなかっただろう。

 ということは大蔵省の考えは絶えず変わるか、あるいは銀行が時には大蔵省の指導と違うことをするということだ。

 銀行は誤解されている。雨が降ると傘を課さないとか、氏のように資産と担保がなければ見向きもしないと思われている。

 この及川という人は他人に金を貸したことはないだろう。絶対に帰してもらえると考えると金を貸すし、どうか分からないなら貸金に二の足を踏むだろう。

 私は企業経営者として銀行には多大の援助をしてもらった。過去を銀行が重視するのは過去が未来を映す鏡だからだ。年商がコンスタントに1億円あり、税引き前利益が500万円もあれば資産や担保がなくても銀行は金を貸してくれる。

 氏は企業を経営したことがないか、銀行が何を考えているか知らないのだろう。金を貸すのはとてもリスキーだ。だから慎重にならざるを得ない。

 だがだからと言って資産や担保がなければ金を貸さないかというとそれは嘘だ。私が経営をする会社に担保はあったが、それは1億円くらいで、借りた金額は最高12億円であった。

 彼らが教えられるのは中小企業に金を貸す判断をする材料は社長の能力、性格、健康度で、企業の実態ではないということだ。中小企業の業績は移ろい易いので、現状は判断材料の小さな一部に過ぎない。

 この及川氏には多分銀行は金を貸さないと思う。何故なら不確かなことを絶対的だと過剰に断定するからだ。銀行は担保がなくても金を貸してくれる。そういう実績が私にはあった。

酒巻 修平

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