人生案内 仕事できない後輩に苦労

 人生相談とか案内という不思議なコラムが新聞にある。相談者には悩みがあり、その悩みが自分自身だけのものであれば良いのだが、悩みには大体他の人が絡む。

 

 そうなればその絡む人の意見も聞かなければどちらに非があり、その人が案外想像していることと違うことを関係者が考えている場合もあるだろう。

 すなわち悩みの元になっている人の話しを聞かなければ本当のところは分からないと思うのだが、悩みの相手の人の話しは相談内容には出て来ない。

 そういう状態で一体悩みの相談ができるのだろうか。だがこのケースの場合は比較的簡単だ。

 人の感情の問題ではなく、仕事という第三者が判断できる具体的な現象についての相談だからだ。

 相談者は一緒に仕事をする後輩が絶えず間違いを犯し、それを反省するどころか、相談者が少し強く注意すると「パワハラ」だと人事部に訴えることもする。

 回答者は大学の学長らしいのだが、団体で仕事をする職場の経験がないようだ。大学の教授の仕事は一人で研究をするか、教える一方の仕事であるに違いない。

 助手がいたとしても、選ばれた人物で、何度も同じ間違いをするとは思えない。すなわちこの教授は人生相談、特に会社の仕事場での悩みの相談者としては欠格だ。

 私は企業を40年も運営している。主に物品を海外から輸入するミニ商社だ。人を採用するのは極めて難しく、採用してもまともに仕事ができる人は一握りだ。

 私はこの相談者の気持ちが良く分かる。回答者の教授は何事にも得手不得手があって、それは後輩の個性から来ていると言う。ここがおかしい。もし仕事に不向きならさっさと別の飲食業とか運転手とか自分に合う仕事をすべきだ。

 この会社はある程度の大きさのある会社だろう。だから簡単に辞めてもらえないのだ。我が社なら1か月の給料を前払いにして、即刻辞めてもらうだろう。

 学長といえども教授で、この職業は単に教えるだけだ。大学の経営には携わらないだろう。だからこの相談者の後輩がどんなに会社に損を掛けているか、全く関心がない。だから無責任な回答になるのだ。

 この後輩はやる気もないし、能力もない。相談者が気の毒である。この教授はなお言う。本当に優秀な人はパスが速い。この相談者をそう評価して煽てている。

 この相談者はそうでないから悩んでいるのだ。ではもしこの教授の弟子が間違ってばかりいたら、教授はどのように対処するのだろうか。

 対処の仕方は一つしかない。その人物に仕事をさせないことだ。同じことがこの相談者にも言えることではないだろうか。その後輩に仕事を与えないでやっていけるかどうかを考えなければならない。

 そうすることは虐めではない。仕事ができない人はその仕事に合っていないのだ。田中真紀子は政治家として仕事ができなかった。だから政治家になるのを断念したのだ。彼女は評論家になれば良かったと思える。

 人生相談はきれいごとばかり並べても効果がない。本当にどのように処理すれば良いのか、相談に乗る能力のある人が相談者の気持ちになって現場を頭の中でも再現してみなければ相談者は納得できないだろう。

 だが相談という行為は話してしまえばある程度気持ちの整理ができるという側面もある。もし相談することで悩む心をある程度抑えることができればそれはそれで目的が達したとも言える。

 あるいはこの人生案内というのは単なるやらせかも知れない。ま、でもフィクションを書くのは時間も手間も掛かるから、相談者が持ちかけるのは誇張されていたとしても実話だろう。

 相談者の話しはなるほどと思えるが、回答には多分それでは悩みは解決しないだろうと思える。回答者は無責任だ。基本的には片一方だけの話しでは相談などできるとは思えない。

 私がこの相談者から同一の相談を受けたら、事情を調査して、相談者の言うことが真実なら、その部下には即刻会社を辞めてもらうだろう。会社経営はそんなに楽ではないのだ。

酒巻 修平

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