銀行は没落してゆく

 銀行の経営は今大変だと思う。日銀のマイナス金利の影響を受けているとの理由が付けられているが、実はもっと根本的な事情がある。

 一つには銀行は融資するに当り、慎重過ぎるきらいがある。雨が降っても傘を貸さないという言葉も囁かれている。そんなことはないのだが、事実冒険的な融資は少額でも躊躇するのだ。

 銀行は基本的には貸金業だが、融資相手のビジネスについても知識や慣習を知らなければ生きた融資ができない。

 決算書や試算表はいくらでも改ざんできるし、数字の分析にも限度がある。従って融資をするのに当って慎重にならざるを得ない。

 だがそれでも方法はあるはずだ。だが冒険はしない。今上場している企業が大企業になったのにはどこかで冒険があったはずだ。

 失敗し、それを取り戻しそして艱難辛苦を乗り越えて少しずつ大きくなっていったはずだ。銀行は自由経済の担い手であるということで世界の経済規模の拡大が続いてそんな時代はほぼなかった。

 銀行も自分達の将来について心配でならない。だが銀行法などにより財務省に方向を定められる立場ではなかなか身軽に方向転換も測れない。

 将来の運命は分かっていて、何とかしたい気持ちはあるものの種々の状況下、取っている手段は人員削減、店舗の統合、手数料収入の増大を図るなど現在の状況下での小さな努力しか取っていない。

 それに動き方によっては現在の顧客の命運も左右しかねないので、それも銀行業務の変換の足かせになっている事実は見逃してはならないだろう。

 だがそれだけではない。銀行は金貸しであってはならない。顧客である企業が成長して手を携え業績を伸ばしていかなくてはならない。

 だが爛熟した経済界において大きく新しいビジネスを簡単は手に入らない。現存の事業では利益幅が小さく、過当競争が企業の業績を押し下げている。

 グローバリスムが経済を大きくしたが、それが今度は過当競争という名の元、逆に個々の企業の発展を妨げる結果になっているのは皮肉である。

 優良な顧客への資金の貸し出しは利益が薄く、勢い危険を承知でリスクの高い貸し出しを敢行しなければならなくなっている。

 中国や韓国への貸出しは止めたくても止めると営業成績は大きく下落するだろう。あるいは金融商品の買い付けを行い、一旦事が起こるとその規模から倒産の危機に瀕する。

 そんな場合は政府が助けてくれる期待はあるが、そんな消極的な考えで経営を行うのは勧められる手段ではないが、気が付いた今はもう抜き足ならないところまで来ている。

 EUは先の見通しが立たないし、中国の経済はもう破滅が目の前にきている。それを分かりながらそことのビジネスを騙しだましやっているのは身も細る思いがするだろう。

 そんなことに成った背景には自己の事業規模の拡大という命題があり、これは人間心理上避け得なかったのではないか。

 ではどうするのか。リスクの高いビジネスから徐々に手を引けば良いのか。店舗展開をしている企業のように不採算店舗を閉鎖するように部分的にリスクの高いビジネスから切って行けば良いのか。

 これも危険である。企業への融資を停止した途端、その企業を倒産へ追い込む。銀行と同じく企業も拡大戦略を取ってきて、それが全体として経済発展へ繋がったが無理もあっただろう。

 究極的な面を眺めると人が生活を贅沢にやる目的が達成されると経済は拡大できないだろう。

 今の日本で生活を贅沢に行うにはどのようなアイテムがあるだろうか。もっと長い寿命を求める医学か。もっと大きい住宅に住むことだろうか。

 そういうことは望めるがもう行きつく先は見えている。各企業は規模の拡大を無理に行っているのだ。銀行はそんな企業と両天秤に乗っており、企業が重くなってくれない限り自分も大きくなれない。

 企業にはもう重くなるために残された余地は少ない。発展する国家は先進国の下請けである。賃金が上昇すればそんな国はどうすれば経済規模の維持ができるのだろうか。

 その国の経済規模の維持は他国の経済を奪う。中国は他国の経済を奪ってきたが、これからは奪われる側に立つ。

 銀行はそんな彷徨える経済大陸の上に立つ巨大なビルで、足元は絶えず揺れ動いているのだ。

酒巻 修平

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