感染 減少傾向続く

このところの新聞やテレビの報道は上記のようにコロナの感染が減少傾向にあるとしている。一方で油断をしてはまた再び増加することもあるとも警告している。

この報道は何を意味しているのか、我々は検証しなければならない。何故なら政府の方針がどこに向かっているのかを知らなければならないからである。

コロナがもたらす害悪はもちろん病気の蔓延で大勢の人がなくなるということだが、同時に経済への甚大な被害をもたらすことを忘れてはならない。

この点への対策について行政は今まで全くの無能であった。病気の蔓延に対して国民が納得できる対策を考え付き実行することができなかった。

全ての施策が不完全で中途半端なものだった。政府は当然官僚にも相談しただろうし、医学界にも意見を聴取したに違いない。

だがその誰もがコロナによる害悪の抑え込みに成功していない。経済的な側面を考えてもそうだ。野球や相撲などで5000人の観客を受け入れても良いという要請(要請であって法的な命令でない)をしたが、では20000人なら感染の危険があるのかという問いに答えることはできないだろう。

コロナは空気感染する。ウイルス自身は動くことができないが人の呼吸や空気の流通によって方々に巻き散らかれ結果として移動することができる。

それを防御するのがマスクやソーシャルディスタンスという訳の分からない対策である。

マスクは唾などに存在するコロナのコロニーの侵入を防ぐとされているが、これは本当ではない。一旦はマスク上で留められるが、唾などが乾燥して消滅するとコロナのコロニーはマスク上で留まる。

そんなコロナやその集団は極小であるから、マスクの目を容易にすり抜け吸気と共に体内に流入するだろう。また体内に入ったコロナは本来呼気とともに多くの数が吐き出される筈だが、マスクに遮られて空気中には放出されない。

そんなコロナは唾が乾燥してなくなると(乾燥は遅いだろうが)裸の状態でマスクの内側に残ってしまう。吸気はそのコロナを再度体内に取り込む。

マスクは呼気によるコロナの移動を半分くらい少なくするだろう。だがそれは自分から感染させないということで、受ける方は上記の通り無能力である。

さて人は生きていく為だけでは大きな家は要らない。大きな家に住むということはバブル的行為であり、そんな行為が社会全体に広がっている。

そのような社会の在り方を考えると経済はバブルによって成り立っているのが分かる。背広も要らないし、沢山の贅沢な女性用の靴も生存には不必要なものだ。バブルが消滅すると経済も無くなると考えて良い。洞窟での生活は経済を作らないのだ。

そこが分からない行政や大企業はバブルを壊す方向に向かおうとする。トヨタはコロナが収まってもリモートワークを続けるとしている。

それはバブルが消滅する方向への動きだ。従って経済を縮小する行為であるに違いない。社員は電車に乗らないし、事務所も必要がない。家が住居プラス事務所になるので、電鉄会社や不動産業者の売上は下がるだろう。

そんな傾向は経済悪化に繋がる。トヨタは影響力の大きい企業だから他の企業もトヨタの制度に追随するだろう。そして経済はその点では縮小の方向に向かう。

コロナから感染しない効果的な方法は換気であろう。電車内は換気が充分で従って感染者は出ていないか極めて少ないと思われる。

充分な換気装置を導入した会社は客をいくら入れても良い。時間も法定の範囲ないなら制限を設けない。

そうすると換気装置を導入することがバブルを発生させる。だから経済は拡大の方向に向かう。

今やマルクスの経済学や近代経済学は通用しないし、新しく構築された経済学もバブルの元では無力だ。

そんな分析をしない行政や大会社であっても経済を再生しなければならないのは分かっている。それが行政によるバブルの減少発言であり、ピークアウト宣言だ。だがまだ病気に対する恐怖感は去っていない。経済を知らない医学者を使って病気の恐怖について述べさせている。

これは軽い病気だ。老齢者や持病を持っている人は気の毒だがコロナが流行しなくても死亡する確率が高い。人の寿命が一定しかないので、悲しいことだが甘受しなければならない。

それを直接あるいは全面的にコロナの所為だとすると経済が回らない。そして自殺者がコロナによる死者の数を上回る可能性を起こしてしまった。

酒巻 修平

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