ウイルス : 個と全体

 生物の体の制御機構は全く解明されていない。それは個として活動すると同時に全体としても不可思議な行動を取るようだ。

 個としての制御機構の根本さえ解明する努力をしている研究者がいるかどうかは知らないが、いても少ないだろう。

 それであるのに個が集まって全体になると謎は深まるばかりだ。蟻は女王蟻を中心に全体として活動しているのは周知の事実だが、個は全体の一部としてどのような情報の交換をしているのか。

 物語によるとどこかの鼠は数が増えすぎると自殺して個体数を減らす。では鼠は個体数全体の数をどのようにカウントしてそんな行動を取るのか、誰にも分からない。

 人は頭脳が発達し過ぎてそのような全体としての行動に対する考えがなくなったのか。あるいはまだ体の一部では残っているのか、こんなことを研究している人はそれをどこまで解明できているのだろうか。

 ある時北極の海に住む哺乳類に致死の伝染病が蔓延した。そしてその哺乳類は次々と死んでいった。だが全ての個体が死んだ訳ではない。

 個体総数の80%くらいが死んだころにその伝染病の蔓延は急に止まった。それはその哺乳類が何かをしたのではなく、ウイルス側の事情によるものと思われる。

 エボラ出血熱も同じような経過を辿る。エボラ出血熱はあるウイルスに感染して起こる。まだ宿主は特定できていないが、人が罹患すると致死率は80~90%もある恐ろしい伝染病だ。

 この伝染病もある期間流行すると突然終息する。それはやはりウイルス側の理由によると思われてはいるが、何故そうなるのか極めて疑問だ。

 粘菌も不思議な動きをする。ある株(個体か全体かは断定し難い)は枝指を伸ばして増殖してゆく。ある程度の大きさになると人為的に二つに切って様子を見ていると、そのうち個々の株がまた増殖して最後は別々の株が一つになるのだ。

 渡り鳥の行動も全体として観察すると興味深い。どの個体がリーダーということではないようなのだが、方向転換をするのにどの個体かが方向を変えると全体が何の合図もなく、一瞬に従うのだ。

 そんな場合電気信号が送られていると見ると理由は簡単に分かるが、どうもそうではないらしい。テレパシーというか何等か未知の通信が全体に行き渡っているようだ。

 SARSもMERSも中国が発祥地だ。どうも中国は生物兵器を開発しているとみえて、こんなウイルスの震源地になっている。

 だが両方のウイルスによる肺炎はある時期が過ぎると急速に収まる。これもウイルスが個々として活動していると同時に総体としての統制も取れているようだ。

 人にも似た現象がある。雨が降っていると客足が遠のくような居酒屋が案外満員であったりするのだ。そこには理由がなく、人全体としての何等かの作用が働いているとしか思えない。

 またある人が店にくると不思議と客が続くことがあるのも良く聞く話だ。そんな客は縁起が良いとして店側は珍重するが、理由は分からない。

 昔はお坊さんがくると店が流行ると言われて、お坊さんが初めて店にくると飲み代を只にすることが習慣化していたらしい。

 生物の体は電気信号で制御されているとは言い、電気は極めて速く動く存在だが、この個が全体、あるいは全体が個に影響を及ぼしている現象は電気によるものだとすると説明が付かない事態が多い。

 今度の新型コロナウイルスによる肺炎の蔓延もある時期がくると急速に終息に向かうような気がする。

 だがその前に世界全体の大きな割合がウイルスに感染してからのことではないだろうか。

 そうだとするとそんなことを念頭に入れて生物の自然の姿に任せるのが良いのかそれとも人為的に終息させるのが良いのか、、選択肢は多くないが、自然に収まると期待して行動するリスクは負うことができないだろう。

酒巻 修平

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