経済はバブルで支えられている

自分自身や周りを見回してみよう。あなたの家には寝る以外に余分なスペースがないだろうか。あるに違いない。

原始時代住居は洞穴であっただろう。そこは広い時もあったが、狭く本当に体を横たえ寝るスペースしかない場合が多かったと想像できる。

雨露を凌げ野獣の襲撃から身を守るのが目的で、それ以上の贅沢は許さらなかったはずだ。そんなに多くの洞窟はなかったので、雨を避ける避難場所を確保できなかった人も少なからずいただろう。

沢山の人が肉食動物との闘争に敗れ死んでいったかも知れない。まことに悲惨でゆとりのない生活が何千年と続いた。

人が農耕の手法を覚え、蓄えも出来始めるとリーダーは何かの方法で家を建てることを覚え、寝る以外のスペースを確保した。

それが経済の始まりだ。大きな勢力を持った人物は大きな家を持ち、そのうち家に装飾まで施すようになった。装飾は生活するには必要のない物である。

衣服も毛皮だけから種類を増しただろう。そして余ってくる物もできた。これが交易の最初であろう。交易では衣服の材料と矢じりなどを交換したかも知れない。

こうなるともう元の生活には戻れない。洞穴に住む人はいなくなり、誰もが木や煉瓦などで作った家に住むようになった。

住む近くで取れる物と近くにはない物を交換して貿易が始まる。海の近くに住む人々は塩や魚と動物の皮や肉と交換した。

人に余裕ができると頭を生きていく以外のことに使い始め、文化、文明が勃興した。もうバブルは至るところに発見できる。

動物の皮を衣服にした時代は去り、衣服は繊維で作られ美しい模様も施された。これらはバブル以外の何ものでもない。

神に対する信仰が現れると神を祭る神社を作り、権力を握る人はそれこそバブルに浸かった生活を行っただろう。

人は生活物資以外のバブル製品を交易の対象にした。貨幣経済が出現すると貨幣を貯め込む権力者は後を絶たなかったに違いない。

もしその時何かの事情でバブルの部分がなくなると人々は元の洞窟生活に戻り、獣を借りして生活を営まなければならない。

そんなことはできないから、人は耐えず戦争をしてバブルを起こすことに専念するようになる。

経済はバブルと同義語かも知れない。権力者に富が集中し、その陰で食べ物を手にすることができない人もいただろう。

経済はまた富の集中を意味する。慈悲深い人が多くの富を得るとそれを貧乏な人に分け与えたかも知れない。

だがそんな人情深い人は富を独占できない。富を独占する人は頭が良くてかつ人柄が悪いのだ。現代社会を見てもそれが良く分かる。

だが頭が良くて性格の良い人は権力者の言う通りにしない。生活できるだけの富以外にバブル的な物質も手に入れただろう。

背広は生を長らえるには不必要な物だ。ゲーム、多くの女性の靴、居酒屋、造園、マンション最上階の住居、学問、信仰。こんな物はバブル以外の何ものでもない。

経済はバブルそのものだ。だからバブルが発展しないと経済も発展しない。我儘もバブルだ。食糧がなければどんな仕事にも従事することができるが、我儘で職業を選ぶ。

バブルを起こそう。そして新しいバブルの元を探そう。そうでなければ経済は発展しないし、今の人は幸せになれない。

しかし新しいバブルはもう沢山ない。先進国の経済成長率が低いのは新しいバブルがないからだ。

コロナでバブルを絶やしてはいけない。こんな簡単なことも行政を司る人物は分からない。社会が歪み、能力のない人も権力を握る。こんな人物たちの言うことを聞いてはならない。

居酒屋に行こう。レストランに行こう。結婚式を挙げよう。イベントを開催して満員の人を呼ぼう。

さもなければ洞窟へ舞い戻りだ。獣の皮を纏い、粗末で生きる目的だけの食糧を食べなければならない。

日本ではたかだか1100人くらいの死者しかない。このまま行くと餓死者の数がコロナで死ぬ人の数を上回るだろう。

正しいことと行政者やメディアの言うこととは違う。正しいことを推し進めよう。その時には彼らの要望を無視しよう。正しい世論を発信してそれを社会のルールにしよう。能力のない行政者とメディア。それに惑わされる国民。そうであってはならないが、それが現代社会の姿だ。

酒巻 修平

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