老化や死亡は何故起こるか

 このところ日本を初め先進国の平均寿命は延びている。昔は日本でも60歳だとおじいさんと言われたものだ。村の船頭さんという歌の歌詞に「今年60のおじいさん」という部分もあることから、今の人の長生きさが分かろうというものだ。

 今や日本では100歳を迎える人が1.5年に10000人増えているそうだから、日本人がいかに長生きになったか分かる。90歳を過ぎても習い事に精を出す人もいるしスポーツが楽しみだという人も多い。

 だが最高年齢は一向に伸びていない。だいたい115歳くらいが寿命の限界なのか、ギネスブックではそうなっている。これは何故なのか。

 細胞は新陳代謝して古い細胞と新しい細胞が入れ替わる。この回数に制限があるのか。そう言えば思い浮かぶのが女性の排卵の回数だ。4、50才で排卵は終了

する。

 これでは卵巣にカウンターが付いていてある回数に到達すると終了するのだろうかと考えてしまう。

 では新陳代謝はどうだろうか。まさか細胞一つ一つに先送りのカウンターが付いているようにも考えられないし、何が寿命の長さをコントロールしているのか、医学界の謎の一つだ。

 どんな生物にも寿命があるから、生物には生と死が付きもののようだ。亀は10000年生きると言われているが、それほど長寿でも死は必ずやってくる。

 生物が誕生した時増えすぎると住む場所や食料がなくなるから、死という現象を伴って誕生したのかとも考えるが、これも的を射ていない感じがする。

 生物とは自己複製する系である。そうだとすると生物は自己複製、すなわち子孫を残すというか遺伝子を残すために生があると考えられる。そのような機能が消失した個体はもう生物としての役目を果たしたので、存在意義がなくなる。

 こんなことも死があるということの一考察だろうと思えるが、そうすると男性は女性より生殖能力を持続する期間が長いので、女性より長寿のはずだが、そうはなっていない。

 ただ伝説かも知れないが、「OLD PARR」と言われた人は153歳まで生きた。そして100才を超えてまた結婚したし、女性を強姦もした。

 更にネットでは250歳の中国人男性の顔写真が掲載されていて、この人は数十回結婚をして多数の子を得たとある。

 この人たちは例外であろうとは思えるが、極めて長寿の人には男性が多く、生殖能力と寿命の関係には何か因果関係があるのだろうか。

 この人たちは異常である。一般的に言ってあるべき機能が適正に作動していないから病気とも言えるのではないか。そうすると生命の長さをコントロールする機能が体のどこかにあるはずだ。

 そこを改良すると極めて長寿になれるかも知れないが、今の医学の能力ではとうてい無理だろう。コロナを消滅させるより人の体の機能を変化させることの方がよっぽど難しそうだ。

 人の体には変性と言って体の状態に合わせて体の一部を変化させる機能がある。私は不整脈が長いので右心房が変性して平たくなっている。これは症状が強く出ないための変化と言えるが、このような変性は医学的に良好なものとして扱われていない。

 だが考えてみよう。食べ過ぎると胃拡張になるし、重いものをいつも持っていると筋肉が増強される。これも体の要求に合わせた変性と定義して良さそうである。

 最近家の中の大改造をして筋肉を多く使った。御陰で体重は6kgも減り、体調は万全である。もう後期高齢者の年齢を過ぎたのに、人の体はまだ変性する。

 だとすれば筋肉や臓器をたまには余計に使うことが健康や長寿に繋がるように思えるのだが、それでも最高齢は115歳を超えることはなさそうだ。

 唯一の例外が年齢カウンターの機能不全の病気の人だけだ。あなたは90歳になって女性を強姦する気持ちになるだろうか。男性と目くるめく性愛を体験したいと思うだろうか。もしそうならあなたは病気で115歳を超えて長生きできるかも知れない。

酒巻 修平

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