私の臨死体験

 私は結構重度の喘息患者である(あった?)。この業病は父から授かったもので、もしかしたらその前からあったかも知れない。

 ある日お医者さんからもらっていた二種類の薬のうち、一種類が切れていた。色々の薬を飲んで試したが、結局はエーザイのネオフィリンとアストーンを一錠ずつ飲むのが最も効果的だと分かっていた。そのうちのネオフィリンが切れていたのだ。

 もう夜も9時くらいだったが、発作が出た。それでネオフィリンが切れているのが分かったのだが、もうお医者さんはやっていない。本当はネオフィリンが主たる薬でアストーンは補助的なのだが、もうそんなことはいっておれない。

 仕方なくアストーンを2錠飲んだ。一般的には薬はその成分が血液中で一定の濃度以上になると効き出すのだが、それまでの時間の目安が30分であった。30分経っても効かないので、もう2錠飲んだ。それでも効かない。結局こんな薬の飲み方を6回した。

 当時も救急車の制度があったのかどうかは覚えていない。結局6回飲んだ後、寝てしまった。普通私の場合は寝ると治るのだが、その時はそうはいかなかった。あくる日起きると猛烈な呼吸困難襲って来て、とうとう意識が混濁してきた。

 頭のどこかで丸く薄赤い輪っかが大きくなったり、小さくなったりしているが、呼吸を始め体の苦しさは無くなっていた。そんなことがどのくらい続いただろうか、また苦しさが戻ってきて意識もはっきりした。見るとお医者さんがネオフィリンの静脈注射をやっているところだった。

 もしあの時お医者さんが注射をしていなかったら、私は多分窒息死していたと考えられる。しかし後で考えたことは死ぬ前の最後は楽なことなのだということだ。丸い輪っかが大きくなったり小さくなったりしているときは苦しさもなく、体全体がふわっとしてとても気持ちがいいのだ。

 その時は2,3日寝ていたが、すっかり治ったのでまた日常生活に復帰した。今思えば死ぬのは非常に快楽なことだ。当たり前のことで、生きている人間は地球の重力に逆らい、立ち、歩き、エネルギーを消費しながら筋肉や内臓を動かしているこれは一種の運動だ。

マラソンを走っている人は苦痛である。しかしマラソンを走り終えると楽になる。死ぬということはマラソンを走り終えるのと同じだと考えればいい。生きていることはマラソン以上に体を使っているが、いつものことなので、気が付かない。

私のように急激な病気で死ぬのではなく、ゆっくりと死んでゆく人には一週間や1年の快楽な時間を過ごせるだろう。神は人を生かすという苦痛を付与したが、同時に死ぬときの快楽も与えた。

今は残念ながらこんな体験をもうすることができない。ドイツの製薬会社が発明した吸入薬で発作の予防ができる。私はもう40年近く仕事を病欠していない。同年齢の人より元気だ。人の体は分からないが、それを解明するために神様と競合する積りはない。絶対勝てないのだ。

酒巻 修平

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