お世辞の効果

 私は学生時代「あいつは世の中に出ると苦労するぞ」と言われ続けた。しかしこの予想は当たらなかった。最初の会社で私のボーナスは同僚より多かった。これは私が良く仕事をできたからではない。

 私が苦労すると予言された理由は私の性格が悪く、狷介だったからだ。ところが私の苦労を予言した人たちは私が「お世辞大魔王」であるのを知らなかったし、私自身も気が付かなかった。家族は伯母と同居をしていて私はその伯母の薫陶を得て育った。その伯母は好きな人を極端に大切にし、いわゆる猫可愛がりをした。私はそれを見て育った。

 私の会社が取引をしていたダカインという会社のNo.3の営業部長は能力の薄い人物だった。実現不可能なことばかりを要求してくる。例えばもう売れなくなった商品の売上前年比を上げろなど実現不可能なことを要望してくる。私はその男に「お前が蒸気機関車を売ったら俺はその商品を売ってやる」などことごとく反発してやった。

 勿論、彼は私を煙たがった。そのうちダカインの本社に行く機会があった。私は必要上No.2の人と主として話したが、彼は営業部長が私を嫌いがっていることを知っていた。私に「お前に言っていることは全て正しいが、あいつにお世辞を言ってやって欲しい」と依頼された。

 もともと私は「お世辞大魔王」だったから、何とかねたを考え、No.3の営業部長を煽てた。歯が浮くとはこのことだなと笑いをこらえてお世辞を言ってやった。その男はその場で私を好きになった。アメリカ人は全く単純な民族で、それ以来私とその男は肝胆相照らす仲になった。日本に来たとき高級天ぷらを御馳走してやると酒巻は素晴らしい人だと会社の周りの人に吹聴した。

 日本人はお世辞に弱いと思っている人がほとんどだが、私の経験ではアメリカ人は日本人よりもっとお世辞に弱い。上記の経験に味を占めてダカインのほとんど全員にお世辞を言ってやったら、私の会社は何かにつけ、特別扱いを受けた。ところが私もNo.2の人物にお世辞を言われていたのだ。私の言っていることが全部正しい訳がないが、私はそのお世辞に乗せられたのだ。

 お世辞を言うのにもこつがある。美人ではない人に美人だと言うと喜ばれはするが効果は今一つだ。相手が自分の長所はここだと思っているところを攻めるのがいい。

 ある銀行の支店長と食事に行った。彼は能力が低いが、プライドだけは人一倍高い。そこで私は「支店長のような人には役員になって頂きたい。品格といい実力と言い、申し分がない。もし役員になられたら我々融資を受けている会社も鼻が高い」。寿司を食いながらそう言った。

 明くる日わが社の担当の営業マンから電話があり、融資申し込みのあった全額の融資が決定しましたと言う。私は正直、唖然となった。私にしてみればお世辞の練習くらいに思って言ったことを支店長は真に受けた。

 実は私のやっていることはお世辞ではない。その人の長所を褒めてやっていることで、ここには粘液性の雰囲気はない。

 人が幸せになるかどうかはその人の話方でほぼ決まると聞いたことがある。これは事実であると信じている。全力でその人の長所を褒め称える。そこには2割多くの収入と2割多くの幸せが待っている。

酒巻 修平

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