17-2-17のニュース裏読み - 船村徹氏死去

 きのうの夕刊で船村徹さんがなくなられたと出ていました。

私には感慨ひとしおでした。

 もう昔の話でしょうが、美空ひばりが歌う「みだれ髪」や「佐渡情話」、舟木一夫の「夕笛」などメロディの美しい曲を沢山作りました。

 それらは演歌のジャンルに入ると思うのですが、つい最近の演歌と比べてしまうのです。

 私もクラシックを歌うので、テレビで演歌などを聞くこともあります。

 しかし最近作曲された演歌はどれも同じで美しいと思える曲が極端に少なくて、途中で聞くのを止めてしまいます。

 誰が歌う曲を聞いても同じで、何度も聞く意味がないという感じなのです。女性の歌手も男性の歌手も曲名こそ違うが同じ曲を歌っている。

私にはそう聞こえるのです。作曲するのは大変で、もう新しい曲は作れないのでしょうか。「do」から「si」まで1オクターブで12個の音を使って、歌手が歌えるのは最高で2オクターブ。

そんな少ない音を使って曲を作ってゆく。現在までに何万曲も作られているので、もう新しい曲を作るための音の組み合わせがない。そんな風にも考えてみました。

でも外国にはまだまだ新しく美しい曲が誕生しています。音の組み合わせがなくなってしまった訳ではなさそうです。これはいかなる理由でしょうか。最近まで私には分かりませんでした。

答えは一つの元曲からコンピューターが類似の曲を作っているのではないか。そう思い調べますと、正解でした。

どうも小室哲哉さんのころからです。小室さんがコンピューター作曲をやっていたかどうかは知りませんが、その時期からこの傾向が出て来たように思います。

私の会社の事務所にはそのころ「有線」が設置されていて、仕事から来る緊張感を緩和させていました。

聞く曲の中でこの曲は売れるよと予言した曲はたいがい当たるのです。そんな中で「アジアの純真」などがあって、ちょうど小室哲哉さんの全盛期に近いころに当たっていました。もうこの曲は売れると聞いた途端に分かる曲はないようです。

ちょっと調べてみると良く売れた曲はほとんどが1980年以前のものです。そうするとそのころから演歌ファンはいなくなったのでしょうか。

そんなことはないと思います。今でもテレビで放映されている歌番組では演歌が多いようです。おなじ曲を歌わされる歌手の方も気の毒です。

ほぼ毎日演歌は放映されていますが、昔の歌がほとんどです。新しい曲も勿論ありますが、聞くとどの曲もやはり同じメロディに聞こえます。

一小節聴くと歌手に合わせて全部の音が取れてしまうのです。ある作曲家の曲が歌われると分かるとその前にチャンネルを変えてしまいます。どうせ同じ曲だからと。

何故そんなことをするのでしょうか。作曲家が楽なのか、作曲の需要が多すぎて要望に応えきれないのか、あるいは他の理由があるのか。

船村徹さん、この事態をどう見ますか。生き返ってまた作曲をして欲しい。私はどの作曲家のファンでもありませんが、綺麗な曲だと何でも聞きます。

現在プロの作曲歌が作る演歌はもう駄目です。新進作曲歌が心を入れ替えて、自分の脳を使っていい曲を作ってほしい。

コンピューター作曲はもう止めて。そうでなければ日本の演歌は消滅してしまいます。チーン。

酒巻 修平

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