アメリカ人とのばか騒ぎ - 飛行機事故
私は会社勤めから始めて自分の会社の今に至るまでアメリカ人との付き合いが仕事の主流を占めていました。
一言で言って、アメリカ人は滑稽でフランクで一緒に仕事をするのは楽しいという感覚です。
アメリカ滞在中にカナダのバンクーバーに行ったことがありました。アメリカはとても広いのに電車の便は限られているので、友人が目的地とか飛行場とかに車で送ってくれます。
私の方は仕入れる方なので、当然丁重に飛行場に送ってもらいました。仕事を済ませて帰るときのことです。
飛行機が離陸しようとするとき、私は異音を聞きました。当時私は飛行機恐怖症で、そんな音に敏感になっていたのでしょう。
ただ音がしただけで飛行機は離陸し、上昇を続けました。私は何事もなかったと胸を撫で下しました。
だが、それもつかの間、乗務員がマイクを握り、話始めました。「Ladies and
Gentlemen, attention, please」私は嫌な予感がしました。乗務員は続けて「This plane gota slight problem with a tire. We will go back to Vancouver」
タイアにちょっとしてトラブルが発生したので、バンクーバーに戻りますと言う訳だ。
他の乗客はいつものこのなのか、面倒だなと思っているようですが、事を重大に考えていません。
しかし私は違いました。どうせもう上空に来ているので、どうしてわざわざ出発地まで戻らなければならないのか。そんな疑問は乗務員に伝えることはできますが、現地人に比べると私の英語は劣ります。
そこで、隣に座っている男の人に頼みました。面と向かって話す英語は比較的簡単だからです。
「もう空中に上がっているのに、どうしてバンクーバーに戻るのか。目的地に行けばいいじゃないか」というと、隣の男はそうだそうだと頷いて乗務員に私が言った意味の質問を投げかけました。
乗務員の答えは「because Charlotte has not enough fire engines」。即ち行こうとしているシャルロットには充分な消防自動車がないとのこと。
というのは火災が発生する可能性があるのだなと皆は大騒ぎを始めました。乗務員にクレームする人もいて辺りは騒然となりました。
そこで、乗務員は乗客を宥めようと、「There is no reason to get panicked.
We have a good chance to survive]と追加で言いました。
「パニックになる理由がないよ。充分に生き残れるチャンスがある」。それは恐怖の言葉でした。
途端に銘々自分の大切な人の名前などを呼び始めました。「Oh, Mary」「Johnson」「God, save me」
私にはそんな習慣はなかったし、何も考え付かず、ただ真っ青になって今にも気絶しそうです。
結局、飛行機はこんなスムースなのはないというほど何の衝撃も感じず、無事着陸しました。乗客はやいのやいのと手を叩き、機長を誉めそやしました。
ただ飛行機を乗り換えたのでシャルロットに着いたのは5,6時間遅れでした。私を迎えに来ていた人はもう空港には居ず、連絡を取り合ってロスアンジェルスで待ち合わせをすることにしました。
ここまでは単なる飛行機が自己に会いかけたと言うだけのもので、阿保らしいのは迎えの人と会ってからです。
Bryan、酷い目にあったよ。ごめんなさい。迎えに来てくれて。そう言うとブライアンは「一体どうしたのだ。何があったんだ」
そこで私は飛行機内であったことを話出しました。その時はもう私の精神状態が元に戻っていたので、少しおちょくり心が出ていました。
「タイアのパンクで飛行機の機内がパニック状態になったんだ。しかし自分は日本人の武士だ。恥ずかしい真似はできない。潔く死のう。そう思って、軽く下を向き、目を伏せて瞑想しているような態度でいた」
「本当か」。「冗談言うなよ。本当な訳がないだろう。それは恰好だけで実は小便が漏れそうになっていた」
「それで?」「隣の親父が自分の奥さんらしい名前を叫んでいるんだ。それを横目で見ながら、自分も叫びたかったよ。でも小便が漏れるのを我慢するのが精一杯だった」
そんなでっち上げを身振り手振りで話してやると、ブライアンは涙を流しながら面白がっている。「Johnson」「Oh, Mary」「God, save me」と言うところにこつがある。時には悲しげに、時には悲惨に、そして「God, save me」というところは真摯なクリスチャンのように声のトーンを変え、名前を繰返し、涙を流す真似をしながら話を進めてゆく。「Oh, Mary」 {ヒー}、「God, save me」 「あははは、あは、うー」。「時々面白すぎて「ヒー」という音を立てて笑います。そんなことを続けているうちに私はだんだんと興に乗ってきて、あることないこと作り話を聞かせてやりました。
一時間も私の余興を楽しんだブライアンは欲深に「Please tell the story to my wife, tomorrow」と言いながら、お前は面白い男だ。俺が知っている中で二番目だ。などと言いいます。どうも本当にあったことも「story」と言うのだなとその時初めて知りました。
私はくだらないことでも一番になるのが好きなものだから、「誰が一番なんだ」と聞くと誰かの名前を言おました。でも私はそんな名前を聞いたことがありません。友達かと聞くとそうではなくて、今アメリカで一番面白い喜劇俳優だと説明しました。
それなら仕方がないかと私は矛を収めました。でもブライアンの妻にはその話しはしませんでした。同じ話をするエネルギーはもう残っていなかったのです。やはり私は喜劇のプロではないと実感しました。
酒巻 修平